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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)6700号 判決 2000年7月18日

平成八年(ワ)第六七〇〇号 商標使用差止等請求事件(甲事件)

平成九年(ワ)第八九一二号 損害賠償請求事件(乙事件)

甲事件原告(乙事件被告)

株式会社ケンアンドロン

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

柴山誉之

甲事件被告(乙事件原告)

アルプス・カワムラ株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

近藤博

近藤誠

小又紀久雄

右補佐人弁理士

【C】

乙事件被告

【A】

右訴訟代理人弁護士

柴山誉之

主文

一  乙事件被告(甲事件原告)株式会社ケンアンドロン及び乙事件被告【A】は、乙事件原告(甲事件被告)アルプス・カワムラ株式会社に対し、連帯して、金一九三五万三一九八円及びこれに対する平成九年五月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告(乙事件被告)株式会社ケンアンドロンの請求及び乙事件原告(甲事件被告)アルプス・カワムラ株式会社のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件について生じたものは全部甲事件原告(乙事件被告)株式会社ケンアンドロンの負担とし、乙事件について生じたものは、これを五分し、その一を甲事件原告(乙事件被告)株式会社ケンアンドロン及び乙事件被告【A】の連帯負担とし、その余を甲事件被告(乙事件原告)アルプス・カワムラ株式会社の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

1  甲事件被告(乙事件原告)アルプス・カワムラ株式会社(以下「被告アルプス・カワムラ」という。)は、その販売する帽子、ハンカチ、スカーフ、マフラー、ネクタイに別紙第一目録(1)ないし(3)記載の各標章及び別紙第三目録記載の標章を使用してはならない。

2  被告アルプス・カワムラは、甲事件原告(乙事件被告)株式会社ケンアンドロン(以下「原告」という。)に対し、金二〇一八万三二一六円及び内金一三〇〇万円については平成八年七月五日から、内金七一八万三二一六円については平成九年四月一日から、それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

原告及び乙事件被告【A】(以下「被告【A】」という。)は、連帯して、被告アルプス・カワムラに対し、金一億一一九三万七九八八円及びこれに対する平成九年五月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告が、被告アルプス・カワムラに対し、被告アルプス・カワムラの債務不履行を理由として同被告との間の商標使用許諾契約を解除したとして、右解除時までの商標使用料の支払と、不正競争防止法に基づいて標章の使用差止め、右解除後の商標使用料相当額の損害賠償等を求める事案(甲事件)、及び、被告アルプス・カワムラが、原告及び原告代表者である被告【A】に対し、原告は原告と被告アルプス・カワムラとの間の商標使用許諾契約の基礎となっていた商標権の専用使用権を他社に譲渡し、また、商標権者であった被告【A】が当該商標権を同じく他社に譲渡したことにより、商標使用許諾契約が履行不能となったため、右契約を解除したとして、原告に対し債務不履行に基づく損害賠償を、被告【A】に対し不法行為に基づく損害賠償を請求している事案(乙事件)である。

二  当事者間に争いのない事実

1  本件における商標権及びその専用使用権

(一) 【D】は、別紙第一目録(1)記載の標章(以下、別紙第一目録(1)ないし(3)記載の各標章をそれぞれ「(1)号標章」、「(2)号標章」、「(3)号標章」といい、これらを合わせて「ボスクラブ標章」ということがある。)につき別紙商標権目録記載の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有していた。別紙第二目録記載の標章(以下「BOSS商標」という。)につき商標権を有するドイツ法人であるフーゴ ボス アクティエンゲゼルシャフト(以下「フーゴ・ボス社」という。)は、本件商標権の登録に対して登録異議の申し立てをしたが、昭和六三年七月一八日に、理由がない旨の決定がされた。

(二) 原告は、平成六年四月六日、【D】との間で、本件商標権について、次のとおりの内容の専用使用権設定契約(以下「本件専用使用契約」といい、その使用権を「本件専用使用権」という。)を締結し、同年八月八日に設定登録を受けた。

地域

日本全域

期間

商標権存続期間中(平成一一年一月二三日まで)

商品

被服(但し紳士用のスーツ、コート、ジャケットを除く)、布製身回品、寝具類

使用権

第三者に通常使用権を許諾することができる。

(三) 原告は、平成六年五月ころ、自己が(2)号標章の専用使用権者である旨の広告を新聞に掲載したところ、同年五月三〇日、フーゴ・ボス社は、(1)号標章の外観で商標登録されているにもかかわらず、「BOSS CLUB」と間を空けて使用するのは登録商標の不正使用であるとして、本件商標権の取消審判を請求した。

2  被告アルプス・カワムラに対する本件商標権の使用許諾契約

(一) 原告、有限会社ホリサン・インコーポレーション(以下「ホリサン」という。)及び被告アルプス・カワムラは、平成七年三月七日、原告を本件商標の専用使用権者、ホリサンを使用許諾管理権者として、次の内容の使用許諾契約(以下「本件使用許諾契約」といい、これにより被告アルプス・カワムラが有するに至った権利を「本件通常使用権」という。)を締結した。

期間

契約日から平成一〇年一〇月末日まで

許諾商品

帽子、ハンカチ、スカーフ、マフラー、ネクタイ

使用料

頭金四〇〇万円

継続使用料 許諾商品の小売希望価格の四パーセント

(二) 本件使用許諾契約には、別紙契約条項目録記載のとおりの約定がある。

3  本件使用許諾契約後の経緯

(一) 平成七年四月二五日、ホリサンの主催により第一回ライセンシーミーティングが開催され、被告アルプス・カワムラを含む本件商標の使用許諾先(以下「ライセンシー」といい、原告、ホリサンと各ライセンシーとの間の使用許諾契約を「旧三者間契約」という。)数社が参加した。右ライセンシーミーティングでは、「BOSS」と「CLUB」の間を半文字分空けた(2)号標章を各ライセンシーが統一して使用することが決定された。

(二) 同年七月ころ、被告アルプス・カワムラは、株式会社西友(以下「西友」という。)との間で本件商標を付したネクタイについての商談をまとめ、(2)号標章を使用した下げ札、織ネームを付したネクタイを二五六一本製造し、同年八月下旬ころから同年九月中旬ころまでに、合計七六六本を西友に納品し、西友は同社店舗で右ネクタイを販売した。

この販売行為に対し、同年九月一三日ころ、被告アルプス・カワムラ及び西友に対し、フーゴ・ボス社が全額を出資し、同社の商標権について専用使用権を有する日本法人であるヒューゴボス株式会社(以下「ヒューゴ・ボス社」という。)から、西友が販売する右ネクタイに付された標章は、フーゴ・ボス社が有するBOSS商標の商標権を侵害する旨の警告文書が送付された。このため、被告アルプス・カワムラは、同日ころ、西友から右商品の取引停止の通知を受け、納品済みのネクタイ七六六本のうち、未売却分四八六本の返品を受けた。

(三) 原告は、同月一三日付で、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社を相手方として、商標権に基づく差止請求権不存在確認並びに損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起した。

(四) 被告アルプス・カワムラは、同月二〇日に、ヒューゴ・ボス社からの右警告文書に対し、(2)号標章はヒューゴ・ボス社の商標権を侵害するものではない旨の回答をした。なお、被告アルプス・カワムラは、右回答書の原文を前日にホリサンに送付した。

(五) 同月二二日、第二回ライセンシーミーティングが開催された。この会議には、原告代表者である被告【A】及びホリサン代表者が出席し、本件商標権の各ライセンシーは、今後、「BOSS」と「CLUB」の間を空けない(3)号標章を使用することが決定された。

(六) 原告は、同年一〇月一一日、新聞記者会見を開いて、「BOSSCLUB」及び「BOSS CLUB」標章の正当性を宣伝し、また、同月一九日、日本繊維新聞に同旨の広告を掲載した。

(七) 被告アルプス・カワムラは、同年一一月から一二月にかけて、西友から返品されたネクタイ合計二二八一本を、株式会社ダイクマ、株式会社キンカ堂、株式会社扇屋に対して値下げをして販売した。

4  契約解除に至る経緯

(一) 原告及びホリサンは、平成八年三月一五日付書面により、本件商標権の全ライセンシーに対し、本件商標の同年三月末日現在の商標使用報告書及び同年四月から同年一二月末までの商標使用計画書の提出を求め、併せて、織ネーム、下げ札、代表的製品の提出を求めた。

被告アルプス・カワムラは、同年四月一二日、右使用報告書及び使用計画書を提出した。

(二) 原告は、被告アルプス・カワムラに対し、同月二二日付で、「通告書」と題する書面(以下「本件通告書」という。)を送付し、同書面は同月二四日に被告アルプス・カワムラに到達した。

5  原告とフーゴ・ボス社の和解の成立

(一) 原告は、フーゴ・ボス社代理人と本件商標権に対する紛争についての協議を行い、平成八年五月二八日、両者及び被告【A】との間で和解契約(以下「本件和解契約」という。)が成立した。

(二) 和解契約の内容は、概要次のとおりである。

(1) 原告は、本件商標権の専用使用権及びその有する七つの商標登録出願により生じた権利を一〇〇〇万円でフーゴ・ボス社に譲渡する。

(2) 被告【A】は、本件商標権及びその有する四三の商標登録出願により生じた権利を二〇〇〇万円でフーゴ・ボス社に譲渡する。

(3) フーゴ・ボス社は、原告が本件商標権の使用許諾をしたライセンシー一五社が(1)号標章、(3)号標章を最長平成一〇年一二月末日まで使用することを認め、さらにその期間経過後六〇日間を追加使用期間として認める。ただし、(2)号標章について差止請求権を行使することを妨げない。

(三) 原告は、平成八年五月二八日、本件専用使用権をフーゴ・ボス社に譲渡した(移転登録日同年七月二二日)。

(四) 右和解契約に先立つ同年三月五日に【D】から本件商標権を譲り受けていた被告【A】は(移転登録日同年六月一〇日)、同年六月一一日、本件商標権をフーゴ・ボス社に譲渡した(移転登録日同年九月二四日)。

(五) 右により、本件商標権及び本件専用使用権はいずれもフーゴ・ボス社に帰属することになり、同年九月二四日、本件専用使用権は混同により消滅した。

6  その後の被告アルプス・カワムラの販売行為等

(一) 被告アルプス・カワムラは、(3)号標章を付したネクタイ、ハンカチ、帽子、マフラー等を平成八年二月ころから同年一二月ころにかけて、ジャスコ、イトーヨーカ堂等の大手量販店において継続販売した。

(二) 被告アルプス・カワムラは、原告に対し、平成九年一月一四日付書面で、本件商標権の専用使用権が混同により消滅し、履行不能となったことを理由として、本件使用許諾契約を解除する旨、通知し、右通知は同月一六日、原告に到達した。

三  争点

1  甲事件

(一) 本件使用許諾契約の解除の有効性

(1) 被告アルプス・カワムラに本件使用許諾契約について債務不履行があるか。原告及びホリサンの被告アルプス・カワムラに対する指示の内容及び被告アルプス・カワムラの義務履行の有無。

(2) 原告の本件通告書は、被告アルプス・カワムラに対する本件使用許諾契約解除の意思表示として有効か。

(二) 原告の不正競争防止法に基づく請求の成否

(1) 原告は、本件商標権の専用使用権を譲渡した場合においても、本件商標について不正競争防止法に基づく差止請求権を行使することができるか。

(2) 本件商標は原告又は原告グループの出所を表示するものとして周知性を有するか。

(三) 被告アルプス・カワムラが損害賠償責任を負うとした場合、その額

2  乙事件

(一) 原告は、本件使用許諾契約による被告アルプス・カワムラの本件通常使用権について、本件商標の使用、収益を履行不能としたとして債務不履行責任を負うか。

また、被告【A】は、原告の右債務不履行に加担して、被告アルプス・カワムラの本件使用許諾契約に基づく通常使用権を故意又は過失により消滅させたものとして不法行為責任を負うか。

(二) 原告及び被告【A】が損害賠償責任を負うとした場合、その額

四  争点に関する当事者の主張

1  甲事件争点(一)(1)(被告アルプス・カワムラの債務不履行の有無)について

【原告の主張】

(一) 原告らのライセンシーに対する(2)号標章使用禁止の指示の経緯

(1) 平成六年四月から五月ころにかけて、原告が本件商標権の専用使用権者である旨の新聞広告を掲載したところ、フーゴ・ボス社は、同年五月三〇日に自己のBOSS商標と混同惹起を生ぜしめるという理由で、特許庁に対し、本件商標権の取消審判請求をするとともに、この旨を繊研新聞、日本経済新聞で発表した。また、原告の本件商標広告行為について、原告の各商標許諾はフーゴ・ボス社の登録商標権を侵害する可能性があるなどとして、当時からのライセンシーであった北原株式会社、鐘忠株式会社に警告書を発した。原告は、フーゴ・ボス社の請求の原因が、「BOSS」と「CLUB」との間が半文字分空いていることにあったことから、無用の紛争を避けるため、当時のライセンシー二社に対し、(2)号標章の使用を厳禁するとともに、(1)号標章及び(3)号標章の使用を遵守するように指示した。

(2) 被告【A】は、平成七年四月二五日に開催された第一回ライセンシーミーティングには参加しなかったが、同日、右ライセンシー会議後に、ホリサン及び鐘忠株式会社から(2)号標章の資料を提示され、直ちに、ライセンシーに対してその使用を厳禁するように指示をした。

(3) その後、ヒューゴ・ボス社より、同年七月二一日付で、ライセンシーであるトミヤアパレル株式会社(以下「トミヤアパレル」という。)に対し、ボスクラブの標章が商標権侵害に当たる旨の警告がされた。そこで、同月二六日ころ、原告代理人及びトミヤアパレル代理人間で、フーゴ・ボス社との紛争の経緯、申入れに対する回答内容、今後の対応等を十分協議の上、トミヤアパレルが販売する商品には、(3)号標章を使用することを確認した。

なお、同月末日ころ、原告は、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社に対して訴訟提起をすること、(2)号標章の使用禁止及び(1)号標章、(3)号標章の使用の徹底を図るため、第二回ライセンシーミーティングを大阪で開催することを決めたが、その開催日時については、ホリサンに一任した。

(4) 原告は、同年八月五日までに、株式会社オズマ(以下「オズマ」という。)、トミヤアパレル等の本件商標権のライセンシーに、(2)号標章の使用厳禁と、(3)号標章の使用徹底を指示し、また、ホリサンは、同月七日に(3)号標章の資料を作成し、被告アルプス・カワムラを含めた全ライセンシーに、面接又は電話で(2)号標章の使用厳禁と、(3)号標章の使用を徹底した。

(二) 被告アルプス・カワムラの債務不履行

(1) 事前承認義務違反

被告アルプス・カワムラは、許諾商品、下げ札、織ネーム等の現物見本及び商品・下げ札等の生産承認依頼書をホリサンに提出せずに、平成七年八月初めころに(2)号標章を付したネクタイ二五六一本を製造し、また、これらの完成品四部をホリサンに提出せずに、同月一〇日ころ、西友に七六六本を販売した。

なお、被告アルプス・カワムラが右ネクタイに付した下げ札、織ネームの写しをホリサンにファックスで送信したのは、ヒューゴ・ボス社の非難、攻撃が開始された後である同年九月一二日であり、現物が送付されたのは同月一三日ころである。

これらの行為は、本件使用許諾契約四条一項、五条四項、五項、六条四項(1)、(2)に違反する。

(2) 紛争発生後の無断販売

被告アルプス・カワムラは、同月二二日に開催された第二回ライセンシーミーティング以降、(2)号標章を使用しないと約し、その旨を同年一〇月一一日に開催した共同記者会見で発表し、かつ、これを同月一三日付繊研新聞で公表したにもかかわらず、これに反して、同日以降も原告に無断で、西友から返品されたものを含めた(2)号標章を付したネクタイ二二八一本を、本件商標のイメージを毀損せしめる低価格で他の小売店に販売した。

被告アルプス・カワムラの右行為は、原告指示に反する契約違反である。

(3) ヒューゴ・ボス社に対する無断回答

被告アルプス・カワムラは、ヒューゴ・ボス社から同月一三日付内容証明郵便で警告を受け、また、取引先である西友も同月一四日に警告を受けていることを原告及びホリサンに相談、報告せず、その指示を仰ぐことなしに、同月二〇日、一方的な内容の回答書をヒューゴ・ボス社に送付した。

なお、被告アルプス・カワムラは、同月一九日にヒューゴ・ボス社の警告書及び被告アルプス・カワムラの回答書原文をホリサンに送付し、翌二〇日、これを受け取ったホリサンは、直ちにこれを原告にファックスで送信しているが、被告アルプス・カワムラがヒューゴ・ボス社に実際に発送した回答書及び要求書がホリサンの手元に入ったのは同月二〇日以降である。

これらの行為は、本件使用許諾契約一〇条一項に違反する。

(4) 報告義務違反

原告及びホリサンは、平成八年三月一五日、本件商標権の全ライセンシーに対し、原告指示の(1)号標章、(3)号標章の使用及びその使用状況等の確認のために、平成八年三月末日までの使用報告書及び同年四月以降一二月末日までの使用計画書、「BOSSCLUB」標章を付した商品、下げ札、織ネームの提出を求めた。その結果、被告アルプス・カワムラから、同年四月一二日に右各書面の提出はあったものの、商品、下げ札、織ネームの提出がなかったばかりか、この後に原告が同月二二日付内容証明郵便でした本件通告書による催告に対しても、同年五月二日付内容証明郵便でこの提出を拒否し、以後も全くこれらを提出せずに本件使用許諾契約を有効と称して(2)号標章を付した商品を強行販売している。なお、原告は同年四月二二日付でホリサンとの間の本件商標の使用許諾管理契約を解除し、その旨を同月二四日に被告アルプス・カワムラに通知しているから、この後は現物提出は原告に直接すべきであって、同月二六日にホリサンに現物製品及び下げ札、織ネームを送付したとしても、原告に対する報告義務を尽くしたことにはならない。

しかも、被告アルプス・カワムラから提出された使用報告書に記載された製造及び販売数量は、現実の製造及び販売数量より大幅に少なく、右使用報告書は原告と被告アルプス・カワムラとの信頼関係を破壊する間違った計画について報告されたものであった。また、被告アルプス・カワムラは、平成七年七月ころから、平成八年一月末日までに使用した本件商標の継続使用料の金額明細及びその算出根拠を示した書面を、約定支払期日である平成八年三月二〇日までに提出しなかった。

【被告アルプス・カワムラの主張】

(一) 原告らのライセンシーに対する(2)号標章使用禁止の指示の経緯について

被告アルプス・カワムラは、本件使用許諾契約締結後、初めて参加した第一回ライセンシーミーティングにおいて、ホリサンから、各ライセンシーは統一して「BOSS」と「CLUB」との間を半文字分空けた(2)号標章を使用する旨の指示を受け、その後、ホリサンからはもとより、原告からも(2)号標章使用の右指示とは異なる内容の指示は一切受けていなかった。そのため、被告アルプス・カワムラは、右指示に従って、(2)号標章を付した商品を西友に販売したところ、ヒューゴ・ボス社から警告され、西友から取引中止及び納入品の返品措置がされるに至った。右の問題が発生した後、平成七年九月二二日に開催された第二回ライセンシーミーティングにおいて、ホリサン及び原告から、初めて(2)号標章使用中止の指示を受けた。

なお、仮に原告が、第一回ライセンシーミーティング以前から(2)号標章の使用厳禁と(3)号標章の使用徹底を図る考えでライセンシーに接してきたとすれば、ホリサンは原告の意向に反して(2)号標章の使用を指示したことになる。被告アルプス・カワムラが(2)号標章を付したネクタイを製造・販売したのは、右指示に従ったものであり、これは原告自らが本件商標の使用許諾及びその使用管理を委託したホリサンに本件商標の使用形態を任せ切りにし、ホリサンに対する指示や監督が不十分で、意思の統一ができていなかったからにすぎず、自ら招来した結果というべきである。

(二) 被告アルプス・カワムラの債務不履行の主張について

(1) 事前承認義務違反

被告アルプス・カワムラは、西友との間の商談がまとまった後の平成七年六月下旬から七月上旬にかけて、直ちにホリサンに電話で販売数量、販売価格、柄構成、販売時期等を報告するとともに、契約上の義務であった生産承認依頼書提出の点も含めて指示を仰いだ。ホリサンからは、「特に書類はいらない。下げ札、織ネームは被告アルプス・カワムラで作成、管理し、ただ、商品見本を送付するように」との指示があった。そこで、被告アルプス・カワムラは右商品見本のほか、念のため下げ札、織ネームの見本を添付して同年七月一〇日に事前に送付した。右送付後、ホリサンに確認の電話を入れたところ、ホリサンは「この見本で結構です。」といい、「あとは、製品の現物が完成した後でよいから何本か送って欲しいが、そのほかは特に提出するものはない。」ということであったため、同年九月一三日に商品の現物をホリサンに送付した。その後、ヒューゴ・ボス社から警告書が送付されたのである。

このように、被告アルプス・カワムラは、西友にネクタイを販売するに当たって十分にホリサンと連絡を取りながら事を進めており、契約に定められた諸提出義務はすべてホリサンの指示どおり果たしている。

(2) 紛争発生後の無断販売

原告が、(2)号標章を付したネクタイを西友に販売したのは、第一回ライセンシーミーティングにおけるホリサンの(2)号標章の指示に基づくものである。右指示が仮に原告の本意によるものでなかったとしても、本件使用許諾契約一〇条二項によって、又は、ホリサンは原告の本件商標の使用、管理の履行代理者ないし補助者であったことから、(2)号標章の使用について発生した第三者とのトラブルは、信義則上原告の責めに帰すべきものとして、その解決責任は原告にあるというべきである。殊に、(2)号標章の使用を中止して(3)号標章のみ使用する場合は、(2)号標章を使用した在庫品の処理について、原告やホリサンがしかるべき値段で買い取るとか、損害賠償をして在庫品の販売を禁止する等の確たる方針がとられなければならないところである。

しかるに、被告アルプス・カワムラが西友から返品を示唆された(2)号標章を付したネクタイやその在庫品の処分について、ホリサンに相談を持ちかけても何の回答も指示もなく、第二回ライセンシーミーティングにおいても原告代表者である被告【A】及びホリサンから、本来(2)号標章は売っても差し支えないものであるが、紛らわしいので、今後製造、販売する商品は(3)号標章を使用したものとしたいとの提案がされてその旨決定されたものの、被告アルプス・カワムラが出した(2)号標章を付した在庫品の処理についてのクレームに対しても、「今まで売っているので問題ないと思う。」というのみで、ホリサンの提案により、さらに個別的に原告やホリサンと話し合うこととなったのである。ところが、その後、被告アルプス・カワムラが、電話や共同記者会見の時などに話合いを持ちかけたにもかかわらず、原告やホリサンからは何の指示や回答もないまま一か月以上放置された。

結局、被告アルプス・カワムラとしては、原告に在庫の買収や損害賠償を期待することは無理であり、第二回ライセンシーミーティングの時に売っても問題はないという原告代表者の言葉から、原告の意思は売却しても差し支えないということにあると考え、右の在庫品を売却したものである。

したがって、右在庫品の売却処分は、原告の承諾によるものであり、仮にそうでないとしても、原告の意思に沿う推定的承諾があったものと考えられるから、違法性がないというべきである。

(3) ヒューゴ・ボス社に対する無断回答

被告アルプス・カワムラは、(2)号標章を付したネクタイの西友への販売行為について、ヒューゴ・ボス社から警告を受けたので、平成七年九月一九日にホリサンと事前に相談し、ヒューゴ・ボス社に対する回答書の文案を送付して、ホリサンの同意を得た上、同月二〇日に回答書をヒューゴ・ボス社に送付した。

なお、本件使用許諾契約書一〇条一項は、例えば訴訟を提起するような重要な事項についての規定であって、単なる抗議の回答書の提出のごときものは含まれない。また、例えば右回答書送付直後の同年一〇月一一日の共同記者会見において、ホリサンは(2)号標章の正当性を主張し、同月一九日付日本繊維新聞に右標章について正当な先使用権を主張する内容の広告を原告、ホリサンの連名で掲載するなど、原告及びホリサンは右標章使用の正当性を内外に宣伝していたのであるから、その主張に沿う内容の被告アルプス・カワムラの右回答書が契約解除に相当する違反行為であるとはいえない。

さらに、被告アルプス・カワムラは、ヒューゴ・ボス社から警告を受けた事実を警告書受領直後の同年九月一五日ころにホリサンに知らせ、了承を得た上で上記回答書をヒューゴ・ボス社に送付したまでのことである。なお、被告アルプス・カワムラは、ホリサンに知らせれば、ホリサンとしては原告との管理委託契約上当然に原告に知らせると考えていた。被告アルプス・カワムラが右警告を受けたそもそもの原因がホリサン及び原告側にあることを考えれば、仮に原告との間に直接の協議がなかったからといって、単なる回答書の送付が解除原因となるほどの違法性のある契約違反であると解すべきではない。

(4) 報告義務違反

ア 被告アルプス・カワムラは、ホリサンの指示に従い、契約上の報告先であるホリサンに対し報告義務を履行していた。平成七年一二月五日、ホリサンから平成八年度の春夏物の取引決定状況を知らせてほしいとの要請及びその記入用紙が送付されたため、被告アルプス・カワムラは、取引先、品目、予定数量等の必要事項を記入した上でホリサンに送付した。そして、その数日後にホリサンに現物見本の送付の要否を確認したところ、「現物ができあがったらそのうち何本かを送付してもらえればよい。」との回答であり、被告アルプス・カワムラは平成八年二月一日、取引が決定した代表商品の見本、全商品の見本リスト、下げ札、織ネーム等を四部ずつ送付して、ホリサンからもお礼の電話をもらって了承を得た。

また、同年三月一五日に今度はホリサンから右使用報告書及び右使用計画書並びにこれに添付すべき商品、下げ札、織ネーム等の提出要請があったので、被告アルプス・カワムラは同年四月一二日に右各書面に所定事項を記入してホリサンに送付した。この際にも、ホリサンに対し、商品、下げ札、織ネーム等の添付の要否を確認したところ、ホリサンの回答は、「平成八年二月に提出したものと同じならば必要がない。新しい商品が出来上がったら改めて何本か送って欲しい。」というものであったので、右回答に従い、使用報告書及び計画書のみをホリサンに提出し、既に提出済みの商品、下げ札、織ネームは特に再度提出しなかった。その後、新しい商品が出来上がったので、被告アルプス・カワムラは、ホリサンの回答における意向に従い、同年四月二六日にホリサンに対し、下げ札、織ネーム付きの新しい商品を四部ずつ送付した。

なお、原告は、本件通告書が右の商品、下げ札、織ネームの提出要請についての催告であったかのような主張をしているが、本件通告書にはそのような具体的な記載がないばかりか、商品、下げ札、織ネーム等を提出しなかったのはホリサンの了解に基づくものであり、その後でき上がった新しい商品については、本件使用許諾契約上の提出先であるホリサンに商品等を送付しているのであるから、被告アルプス・カワムラには報告義務や提出義務の違反は一切ない。また、原告が三者契約である本件使用許諾契約からホリサンを離脱させるとか、ホリサンが契約から離脱するといっても、そのような意思表示は被告アルプス・カワムラの承諾がない限り何ら効力を有するものではなく、原告は、三者契約からホリサンを離脱させると一方的な表明を行っただけで、その後の三者契約の処理については被告アルプス・カワムラからの問い合わせにも何らの回答もせずに放置したため、専ら原告の責任によって資料の提出先が不明のまま放置されたものである。

原告は、被告アルプス・カワムラが平成八年五月二日付内容証明郵便で商品等の提出を拒絶し、以後全くこれらを提出しなかった旨主張しているが、被告アルプス・カワムラは、右内容証明郵便において、それまで契約上の諸提出義務をすべて果たしているにもかかわらず、改めて提出を求めるのであれば、その根拠を示して欲しいと要請したのであって、拒否したものではない。

イ 被告アルプス・カワムラが実際に販売した数量が、平成八年四月一二日付報告書記載の数量より多かったのは、予想以上に売れ行きがよく、追加製造を行ったものが多かったからにすぎない。このようなことは、本件のようなファッション性の高い商品については珍しくない一般的な傾向であり、被告アルプス・カワムラが故意又は過失により虚偽の実績報告をしたというなら格別、予想以上の売り上げがあったというだけで、信頼関係の破壊があったということはできない。

ウ 契約上、継続使用料の支払は頭金をもって充当できる特約があり、一方、平成八年一月末日現在の使用実績にかかる継続使用料は、支払済みの頭金四〇〇万円にはるかに及ばない金額である二一万七〇三六円であった。

したがって、同年三月二〇日の時点では、継続使用料の支払義務は発生しておらず、契約上、継続使用料の支払に先立って行うこととなっている金額明細等の書面をホリサンに提出する必要はなかったものである。

2  甲事件争点(一)(2)(解除の有効性)について

【原告の主張】

被告アルプス・カワムラの右一連の行為は、本件使用許諾契約四条、五条、六条、一〇条に違反するものであり、原告は被告アルプス・カワムラの右契約違反により、平成八年四月二四日、被告アルプス・カワムラとの間の本件使用許諾契約を解除する旨の意思表示をした。これに対し、被告アルプス・カワムラは、原告がその後数度にわたり違反行為の是正を求めたにもかかわらず、相当期間が経過した後も、前記契約違反行為を是正しようとせず、その後も(2)号標章、(3)号標章を付したネクタイ、帽子を原告の事前承認手続を経ることなしに製造、販売した。また、被告アルプス・カワムラは、その後も原告とフーゴ・ボス社との和解に反対し、本件商標権を被告アルプス・カワムラが譲り受ける旨の提案をしたり、フーゴ・ボス社に対して不当な内容の文書を送付するなどした。

これらの行為は、原告との間の信頼関係を失わせる著しい背信行為として、契約の解除原因となるものであるから、原告の解除は有効である。

【被告アルプス・カワムラの主張】

(一) 前記のとおり、被告アルプス・カワムラには債務不履行はないから、原告の解除の主張は理由がない。

(二) また、本件通告書は、一般的かつ抽象的な契約書記載の義務の羅列したものであって、被告アルプス・カワムラの義務違反の内容を右通告書の記載から理解することができず、義務の履行催告としての意味を持たない。

(三) さらに、被告アルプス・カワムラは、原告に対し、平成八年一〇月一八日付書面で被告アルプス・カワムラが原告に支払うべき使用料支払義務があっても、原告の責めに帰すべき事由により被告アルプス・カワムラが被った損害と対当額で相殺する旨の意思表示をしているから、被告アルプス・カワムラに生じた損害賠償金で相殺され、被告アルプス・カワムラに使用料支払義務はない。

(四) 本件使用許諾契約一二条によれば、原告が被告アルプス・カワムラに対して契約を解除できるのは、同条二項の場合を除いて、あらかじめ被告アルプス・カワムラに対して契約違反の事実を通告し、被告アルプス・カワムラがこの通告を受けてから三〇日以内に是正しないときに限られる。しかし、原告が契約違反として主張している事実中、平成七年度に生じたものはすべて同年度中に行為が完了しており、本件通告書によって通知を受けても是正も履行もすることができない事柄である。このような場合には、是正ができる時にその旨通知しなければ、その後にそれを理由に契約を解除することはできない。

(五) 本件における契約解除の実態は次のとおりである。

(1) 本件商標は、ゴシック体の同書、同大、同間隔で一連に書してなる(1)号標章の外観で登録されているところ、実際の使用商標は、本件使用許諾契約が締結される以前より、書体をゴシック体からモダーンローマン体に変えた上で、「BOSS」と「CLUB」の間を半文字分離した(2)号標章の形態で使用され、このことにより、フーゴ・ボス社より警告を受けていた。それにもかかわらず、平成七年四月二五日の第一回ライセンシーミーティングにおいて、再び(2)号標章の使用が各ライセンシーに対して義務付けられたため、右の経緯を知らない被告アルプス・カワムラが、(2)号標章を付したネクタイを西友に販売し、ヒューゴ・ボス社から警告された。

(2) その後、同年九月二二日に開催された第二回ライセンシーミーティングにおいて、各ライセンシーは(3)号標章を使用することが決定されたにもかかわらず、ライセンシーの一社であるオズマが、通信販売のカタログに自社製品として、「BOSS」と「CLUB」の間を一文字分空けたものや「BOSS」と「CLUB」を完全に分離したものを掲載した。

(3) 平成八年二月ころに右のカタログの発行を知った原告は、フーゴ・ボス社らに対する訴訟で敗訴するかもしれないと考え、同時に、本件商標権を早く売却換金して訴えを取り下げるのが得策であると考えた。

そこで、原告は、本件商標権をフーゴ・ボス社に売却する交渉を開始し、その中でフーゴ・ボス社より提示された、本件商標の使用態様を(3)号標章とすること、本件商標の使用期限を各ライセンシーとの使用許諾契約上の契約期間までとし、この契約期間を更新しないこと、という条件を達成するために、契約期間の更新を認めている使用許諾契約を破棄する必要性が生じ、まず、各ライセンシーに対して、解除の文言を入れて本件商標の使用態様の厳守を求める通知書を送付する一方、各ライセンシーに対し、一時使用のための新契約の締結を呼びかけ、これに応じた何社かと一時使用のための新契約を締結し、これに応じなかった被告アルプス・カワムラに対しては、解除により契約は消滅したとして甲事件訴訟を提訴したのである。

(4) 右のような経緯に至った一次的な責任はホリサン及びオズマにあるが、ホリサンに本件商標の使用態様を任せきりにしていた原告がその責任を免れるものではない。

原告としては、第三回ライセンシーミーティングを開き、あるいは個別的に、フーゴ・ボス社に対する売買交渉の内容を明らかにした上で、ライセンシーに対する損害補償の問題を含めて交渉し、特に被告アルプス・カワムラに対しては現実に製造した(2)号標章を付した商品の損害賠償の処理を誠実に行い、各ライセンシーの同意を取り付けて売却すべきであったというべきである。

なお、原告は、大手量販店が本件商標を付した商品の販売を手控える状況になっており、各ライセンシーが(1)号標章及び(3)号標章を安全かつ正常に使用できることを前提として和解交渉をしたとするが、小売業者が本件商標を付した商品の取り扱いを手控えるような状況にはなかったことは、その後の被告アルプス・カワムラの売り上げからも明らかである。

(5) 結局、平成八年三月五日、被告【A】が本件商標権を【D】から買い取り、フーゴ・ボス社との争いの表面に立ったように見せかけた上、原告は、原告とライセンシー間の契約上の権利を契約期間のみ存続させて更新は認めずに消滅させ、その後は本件商標権をすべてフーゴ・ボス社に譲渡し、自己は譲渡代金を取得して本件商標権の問題から手を引こうと決意した。そして、これを望むフーゴ・ボス社と共謀して、まず、平成八年四月二二日に本件商標権の許諾管理権者であるホリサンに対して、本件契約による使用料六七〇万円の不払い及び許諾管理者としての管理不十分を理由に本件商標権使用許諾管理委託契約を解除し、併せて、同日付で、被告アルプス・カワムラを含む全ライセンシーに対し、今までは許諾管理権者ホリサンとの関係では何の問題もなかった本件商標の使用に関する抽象的な報告・承認義務違反を問題とし、これに違反するから一四日以内に履行しないときは本件契約を解除すると通告した。そして、原告及び被告【A】は、前記のとおり、和解契約に基づき、本件商標権及び本件専用使用権を相次いでフーゴ・ボス社に譲渡し、本件使用許諾契約の基礎である専用使用権を混同により消滅させた。

(6) したがって、それまでの一切の事情から、原告の契約解除は、契約書一二条一項の趣旨に反するか、原告の債務不履行をライセンシーに主張させないことを図ったものであり、権利の濫用として無効である。

3  甲事件争点(二)(1)(商標権譲渡後の不正競争防止法に基づく差止請求権の行使)について

【原告の主張】

不正競争防止法の適用に関する限り、商標権の有無は要件ではなく、同法に定める要件を具備する限り、差止請求権を有する。

また、商標権者であるフーゴ・ボス社は、原告が本件専用使用権に基づいて通常使用権を許諾した一五社のライセンシーについては、原告が従来どおり使用許諾管理業務を遂行すること、また、原告が右ライセンシーに(1)号標章、(3)号標章を使用せしめることについて異議なくこれを了承しているのであるから、原告は本件商標権の通常使用権者たる地位を保持しており、不正競争行為に対する差止請求権を行使する法的地位を有する。

【被告アルプス・カワムラの主張】

(一) 原告は、平成八年五月二八日に本件専用使用権をフーゴ・ボス社に譲渡した(登録日同年九月二四日)。右譲渡に伴い、不正競争防止法上の保護主体たるべき原告の専用使用権者としての地位は既に譲受人のフーゴ・ボス社に移転しているから、差止請求権も同社に移転しており、原告は同法に基づく差止請求権を有しない。

(二) 原告らとフーゴ・ボス社との間の本件和解契約によれば、原告は契約日である平成八年五月二八日以降は本件商標の使用を一切禁止されているから、原告には本件商標権の使用許諾管理業務をなす権限は一切ない。また、本件専用使用権が譲渡された後のライセンシーは、右和解契約により一定期間(1)号標章及び(3)号標章の使用につきフーゴ・ボス社から権利行使をされない旨約定されているが、これをもって原告に通常使用権を付与したものとすることはできない。

(三) また、仮に原告が本件商標権の通常使用権を有していたとしても、右通常使用権は登録されていないから第三者である被告アルプス・カワムラに対抗できないし、その期間も平成一〇年一二月末日をもってすべて終了しているから、少なくとも同日以降は不正競争防止法に基づく差止請求権も行使できない。

(四) 本件通告書による本件使用許諾契約の解除は無効であって、本件使用許諾契約はその後も有効に存続し、被告アルプス・カワムラの解除により平成九年一月一六日に消滅したものであるから、同日までの被告アルプス・カワムラの各標章の使用は正当な権利の行使として、不正競争防止法違反が成立する余地はない。

(五) 被告アルプス・カワムラは、平成八年をもって、(1)号ないし(3)号の各標章すべてについて使用を取り止め、以後、これらを使用しておらず、また将来も使用する意思がないので、原告には差止めを求める利益がない。

4  甲事件争点(二)(2)(周知性)について

【原告の主張】

(一) 原告は、(1)ないし(3)号標章及び別紙第三目録記載の標章(以下「ケンアンドロン標章」という。)を、平成六年四月ころから平成八年九月ころにかけて、業界誌等で強力な宣伝活動を行った。

また、原告は、約一一社の業者との間で(1)号標章、(3)号標章及び別紙第三目録標章記載の標章の使用許諾契約を締結し、これらの業者は、右各標章及びこれを付した商品を業界誌、展示会等で宣伝広告するとともに、平成六年八月ころから平成八年一〇月ころにかけ、右各標章を使用したメンズウエアー、シャツ、トランクス、帽子、バッグ、傘等を製造し、大手量販店、百貨店を通じて全国的規模で数量九〇万枚、販売額二二億八三〇〇万円の販売をした。

(二)(1) また、(2)号標章について、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社との間で紛争が生じ、平成六年五月ころから平成八年九月ころにかけて両者の攻撃・防御に関して、右各標章の広告や記事が、人目を引く態様で一般紙、業界新聞等に約二七回掲載され、本件商標が広く認識されることになった。

(2) さらにこのことは、平成八年九月四日付繊研新聞で、フーゴ・ボス社がサントリー株式会社を訴えたこと、また、原告及び被告【A】が有する「BOSSCLUB」という文字からなる本件商標権とそれにより生じたすべての権利を買い取った旨発表したことが掲載されたこと、さらに、同年九月五日付繊研新聞で、フーゴ・ボス社が原告と一五社のライセンシーとの間で使用許諾されていた「BOSSCLUB」の使用を認める旨を発表したことにより、取引者間において強く認識されるに至った。

(3) 原告は、ケンアンドロン標章にウサギの図柄を組み合わせた結合標章を付した袋物を昭和五五年から昭和六三年ころにかけて一三〇〇万個販売した。これに加え、前記紛争を通じて「ボスクラブのケンアンドロン」といわれるまでになっていた状況下において、原告の頭文字をとったケンアンドロン標章はそれ自体自他識別力を有していたことは明らかである。

(4) これにより、本件における各標章は、遅くとも平成八年八月一日以降、原告又は原告を軸とする使用権者グループの商品又は営業を示す表示として我が国の繊維及び雑貨業界のみならず、一般需要者に広く認識されるものとなった。

【被告アルプス・カワムラの主張】

争う。

(3)号標章を付した商品の売上げが全体として二二億円あったとしても、本件のように商標が多種の商品に付されている場合には、個々の商品から見れば大したことはない。特に、ケンアンドロン標章については、これを商品に付して販売したとしても、一般需要者が注目するのは本件商標であるから、右標章が周知性を取得するものではない。また、(1)ないし(3)号標章は、フーゴ・ボス社から商標権の不正使用であると争われ、結局同社に譲渡したものであるから、グッドウィルが付着しておらず、保護に値しない。

専用使用権が譲渡された場合、使用の結果取得された周知性も共に譲渡されると考えられるから、本件専用使用権がフーゴ・ボス社に譲渡されている本件では、本件商標が原告あるいは原告グループの出所を示す表示として周知であるということはできない。

5  甲事件争点(三)(損害賠償額)について

【原告の主張】

(一) 本件使用許諾契約に基づく使用料

(1) 被告アルプス・カワムラは、平成七年七月ころ、(2)号標章を付したネクタイ二五六一本を製造し、これを平成七年八月二二日ころ、西友に小売単価三九〇〇円で七六六本を販売したところ、内四八六本は同社から返品され、結局同社に小売総額一〇九万二〇〇〇円の商品を販売し、また、同年九月二二日ころ、右西友から返却された数量を含めたネクタイ二二八一本を小売単価一九〇〇円、小売総額四三三万三九〇〇円で他の小売店に販売した。

よって、被告アルプス・カワムラが原告に払うべき使用料は、右小売総額五四二万五九〇〇円の四パーセントに相当する二一万七〇三六円である。

(2) 続いて被告アルプス・カワムラは、原告に対し、本件商標を付した商品を製造した時点で、その対価たる使用料を約定期日に支払うことになっていたところ、平成八年一月から同年四月ころまでの間、(3)号標章を付した春夏物のネクタイ二万三七五二本、小売価格総額にして九二六三万二八〇〇円の製造をし、また、帽子を七三〇一個、小売価格総額にして二一〇〇万一七〇〇円の製造をし、これらを小売店等に販売した。

これにより、被告アルプス・カワムラが原告に対して支払うべき使用料は、右の製造小売総額の合計一億一三六三万四五〇〇円の四パーセントに相当する四五四万五三八〇円から頭金四〇〇万円を控除した五四万五三八〇円となる。

(3) 被告アルプス・カワムラは、原告に対し、右合計七六万二四一六円の使用料の支払を、平成八年六月二〇日までに履行すべきであるのに、これを怠り、原告は右同額の損害を被った。

(二) 不正競争行為による損害

被告アルプス・カワムラは、(3)号標章を付したネクタイ、マフラー、ハンカチ等を、原告に無断で平成八年八月ころから同年一二月ころにかけて小売総額一億六〇五二万円で販売した。

したがって、原告が被告アルプス・カワムラの不正競争行為によって被った損害は、原告の本件使用許諾契約における売上高の四パーセントに相当する六四二万〇八〇〇円である。

(三) 使用料相当損害金(消極的損害)

被告アルプス・カワムラの前記販売行為によりフーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社の攻撃を受けたため、本件商標のライセンシーを不安に陥れ、その結果、本件商標の使用許諾契約を締結していた株式会社タカラ外一社は本件商標の使用を中止し、また、北原株式会社外七社は使用許契約を締結しながら平成七年九月ころから平成八年二月ころまでの間、本件商標を使用した商品の販売をすることができなくなった。そのため原告は、同期間の使用料収入が得られず、その損害は一〇〇〇万円を下らない。

(四) 無形損害

被告アルプス・カワムラの一連の契約違反行為により、原告会社名が新聞社によって大々的に報道された結果、原告の社会的評価及び営業上の信用は著しく毀損された。これによる原告の無形損害は、三〇〇万円を下らない。

【被告アルプス・カワムラの主張】

(一) 本件使用許諾契約に基づく使用料について

被告アルプス・カワムラが西友等に販売した(2)号標章を付したネクタイについての使用料が二一万七〇三六円であることは認める。また、その後、平成八年九月末日までに被告アルプス・カワムラが販売した(3)号標章を付したネクタイ等についての使用料から頭金四〇〇万円を控除した額が五四万五三八〇円であることは認めるが、原告の主張する時期のものではない。

被告アルプス・カワムラは、原告に対し、本件使用許諾契約に基づくこれらの使用料合計七六万二四一六円について、平成八年一〇月一九日到達の書面により、乙事件により発生した被告アルプス・カワムラの原告に対する損害賠償請求権と対当額をもって相殺する旨の意思表示をしているから、原告の主張は失当である。

(二) 不正競争行為による損害について

原告の不正競争防止法に基づく請求は、平成八年八月ころから同年一二月ころまで被告アルプス・カワムラが(3)号標章を付した商品を販売したことに対するものであるが、前記3【被告アルプス・カワムラの主張】(一)ないし(四)に記載のとおり、原告は右行為に対する損害賠償請求権を有しない。

(三) 消極的損害について

仮に、株式会社タカラ外一社が本件商標の使用を中止し、また北原株式会社外七社が平成七年九月ころから平成八年二月ころまでの間本件商標を使用した商品の販売をすることができなかったとしても、それは、被告アルプス・カワムラが本件使用許諾契約を締結する以前から存在していた原告とフーゴ・ボス社あるいはヒューゴ・ボス社との間の紛争が原因であって、被告アルプス・カワムラの販売行為とは関係がない。原告主張の使用料収入の喪失は原告自身が自ら招いたものであるから、被告アルプス・カワムラの販売行為と原告の損害との間には相当因果関係がない。

(四) 無形損害について

前記(三)と同様の理由により、被告アルプス・カワムラに対する損害賠償請求権は発生しない。

(五) 仮に、原告の被告アルプス・カワムラに対する不正競争防止法に基づく何らかの損害賠償請求権が発生していたとしても、被告アルプス・カワムラは、平成一〇年四月一六日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、乙事件により発生した被告アルプス・カワムラの原告に対する損害賠償請求権と対当額をもって相殺する旨の意思表示をした。

6  乙事件争点(一)について

【被告アルプス・カワムラの主張】

(一) 原告及び被告【A】は、平成八年三月ころから同年五月ころまでの間、フーゴ・ボス社、ヒューゴ・ボス社と交渉の末、平成八年五月二八日、本件専用使用権をフーゴ・ボス社に譲渡し、同年六月一一日、本件商標権を同社に譲渡した。譲渡の動機は、原告及び被告【A】において、原告が本件商標の管理をホリサンに委託していたところ、ホリサンによる管理に相当の注意を払っていなかった監督義務の不履行が原因で原告主張のオズマの一件が発生したため、係争中のフーゴ・ボス社との裁判に敗訴し、最悪の場合には商標権が取り消され、ライセンシーから自らの管理責任や監督責任を追及されることを危惧してフーゴ・ボス社との和解に独走したことにある。すなわち、それによって被告アルプス・カワムラ等ライセンシーの利益を害することになっても、早々と譲渡代金を得て本件商標から手を引き、自らの責任を逃れるのが得策であると考え、独走したものである。そこで、右譲渡を前にして、原告及び被告【A】は、容易に右譲渡が完成できるよう、被告【A】が【D】から本件商標権の譲渡を受け、原告がホリサンとの管理契約を解除して本件許諾契約から外し、被告アルプス・カワムラらライセンシーの権利を直ちに消滅させ、仮に直ちに消滅させることができなくとも右権利を契約上の使用期間に限定させ、契約期間経過後は確実に右権利を消滅させることを狙って、被告アルプス・カワムラらライセンシーを牽制する目的で、債務不履行の事実がないのに同年四月二二日付で理由のない理由を付けて本件商標の使用許諾契約を解除する通知をした上で、同年六月一一日にフーゴ・ボス社との間で譲渡を完成させたのである。

その結果、本件通常使用権の存立の基盤となる本件専用使用権はフーゴ・ボス社に譲渡された後、本件使用許諾契約に基づく権利義務が承継されないまま、混同によって完全に消滅し、本件使用許諾契約は原告の債務不履行により履行不能となった。

(二) 右債務不履行は原告の責めに帰すべき原因による。

すなわち、原告は、本件使用許諾契約に基づく被告アルプス・カワムラの本件通常使用権をフーゴ・ボス社に承継させないで同社に専用使用権を譲渡すれば、被告アルプス・カワムラが本件使用許諾契約上の本件通常使用権を失うことになることを知りながら本件専用使用権を譲渡したものであり、また、仮に知らなかったとしても本件専用使用権者として当然に知り得る立場にあったものであるから、知らなかったことにつき過失がある。

被告アルプス・カワムラは、平成九年一月一四日付書面で原告との本件使用許諾契約を、原告の責めに帰すべき事由による債務不履行を原因として解除する旨の意思表示をし、右書面は同月一六日に原告に到達した。

(三) 被告【A】は、原告代表者として、原告がフーゴ・ボス社に本件専用使用権を譲渡するにあたり、被告アルプス・カワムラの本件通常使用権をフーゴ・ボス社に承継させることなく譲渡契約を締結させ、もって原告の前記債務不履行(履行不能)に違法に加担し、その結果、被告アルプス・カワムラの本件通常使用権を消滅させて損害を与えたものであるから、不法行為に基づく損害賠償責任がある。また、仮に通常使用権を失うことになることを知らなかったとしても、被告【A】は、本件商標権者及び原告に対する専用使用権設定者の立場にあった者であるから、容易にこれを知り得る立場にあり、知らなかったことにつき過失があるから不法行為責任を負う。

【原告及び被告【A】の主張】

(一) 原告及び被告【A】は、本件商標に関してのフーゴ・ボス社のマスメディアを利用した訴訟外の激しい攻撃に対し、防戦活動をしていたが、実取引社会においては、ライセンシーの主たる販売先である大手量販店等が紛争に巻き込まれるのを恐れて(1)号標章、(3)号標章を付した商品の販売を手控えるなどの状況になっていた。原告らは、右状況を打開し、各ライセンシーが(1)号標章、(3)号標章を安全かつ正常に使用できることを前提としてフーゴ・ボス社と和解交渉をし、平成八年五月二八日に本件和解契約の成立に至ったものである。

(二) 原告は、本件和解契約成立後、ライセンシー一一社との間で、旧三者間契約を解約し、フーゴ・ボス社より前記和解による使用許諾に基づいて、新たに二社間で商標使用許諾契約を締結した。右契約においては、使用標章を(1)号標章、(3)号標章と特定するとともに、許諾期間は右契約期間を待って終了する旨明記した。

(三) フーゴ・ボス社の本件商標に対する攻撃により、大手量販店はその取り扱いをちゅうちょしていたところ、ライセンシーであるオズマが平成八年二月一日発行の株式会社千趣会のカタログに「BOSS」と「CLUB」とを別個独立にTシャツの前後に目立った態様で表示した商品を掲載したことにより、フーゴ・ボス社の攻撃が拡大するのは不可避の状況であった。そこで原告は、多数のライセンシーに対する使用権付与義務を果たすために、フーゴ・ボス社との和解交渉を重ね、右の和解契約を締結したのである。

同月からのフーゴ・ボス社との和解交渉により、大手量販店も(1)号標章、(3)号標章を積極的に取り扱うようになってきたのであり、また、原告は、右和解によっても被告アルプス・カワムラに対し、平成一〇年一二月末日まで(1)号標章、(3)号標章の使用権付与義務を履行できたのであるから、原告に債務不履行はない。

7  乙事件争点(二)について

【被告アルプス・カワムラの主張】

被告アルプス・カワムラは、平成八年に(3)号標章を付したネクタイ、帽子、マフラー、ハンカチを製造、販売し、五一一一万七五九七円の純益を得た。ブランド品は、時を経過するごとに知名度が上がり、売上高も増加するのが常態であって、その増加率は、前年度の少なくとも一〇パーセント以上である。したがって、原告の債務不履行及び被告【A】の不法行為がなかった場合の平成九年の被告アルプス・カワムラの得べかりし純利額は五六二二万九三七五円以上であり、平成一〇年の得べかりし純利益額は少なくとも六一八五万二二九三円以上である。

原告債務不履行及び被告【A】の不法行為がなければ、被告アルプス・カワムラは、右のとおり、平成九年、平成一〇年に合計一億一八〇八万一六五〇円の純益を得ることができたから、被告アルプス・カワムラは、原告の債務不履行及び被告【A】の不法行為により右と同額の損害を被った。

【原告及び被告【A】の主張】

争う。

フーゴ・ボス社の西友への警告は、被告アルプス・カワムラの契約違反によって自ら招来したものであり、被告アルプス・カワムラの主張には理由がない。

第三当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実に証拠(乙四二、証人【E】、同【F】、同【G】、原告代表者、被告アルプス・カワムラ代表者及び後記各項末尾記載のもの)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる(なお、書証の枝番は、そのすべてを引用するときは記載を省略する。)。

1  本件商標権及び本件専用使用権

(一) 【D】は、昭和六一年三月二〇日、(1)号標章について、特許庁に商標登録出願をし、平成元年一月二三日登録された(本件商標権)。

紳士服で著名なブランドであるBOSS商標の商標権者であるフーゴ・ボス社は、本件商標権の登録に対して、商標法四条一項一一号、一五号に基づき、登録異議の申立てをしたが、特許庁は、昭和六三年七月一八日付で、(1)号標章とBOSS商標とは外観上明瞭に区別しうる差異があり、(1)号標章は「ボスクラブ」と一連に称呼されるものと認められるなどの点から、両者は非類似であるとして、フーゴ・ボス社の申立ては理由がない旨の決定をした。

(甲一ないし三)

(二) 原告は、平成六年四月六日、【D】との間で、本件商標権について、第二の二の1(二)のとおりの内容の本件専用使用契約を締結し、同年八月八日にその設定登録を受けた。

(三) 原告は、平成六年四月二八日付繊研新聞に、(2)号標章を大きく横書きにし、専用使用権者が原告であることを表示した広告を掲載し、同じく、同年五月二七日付繊研新聞に、(2)号標章を大きく横書きし、ライセンス契約企業名として四社の社名を、使用許諾権者が原告であることをそれぞれ表示した広告を掲載した。

そうしたところ、同年五月三〇日、フーゴ・ボス社は、本件商標権は(1)号標章の外観で商標登録されているにもかかわらず、「BOSS CLUB」と間を空けた(2)号標章の態様で使用するのは登録商標の不正使用であるとして、商標法五三条に基づいて、特許庁に対し、本件商標権の取消審判を請求し、このことは、同年六月一日付日本繊維新聞及び同月八日付繊研新聞で報道された。

(甲二、五、六、五四)

(四) 原告代表者は、同年六月一六日に入院し、本件商標権のライセンス業務を十分に遂行することができなくなった。同年八月、原告代表者は、かつて原告の従業員であり、当時はファッション商品全般のマーケティング業務を行っていた【E】が病院に見舞いに訪れた際に、本件商標権のライセンシーの開発、使用促進及び使用状況の管理業務の委託を打診し、【E】はこれを内諾した。

(五) 原告と【E】は、同年一〇月二〇日に、本件商標権について、本件商標の再使用許諾を含む商標管理委託契約を締結した。

【E】は、本件商標権のライセンス業務に着手したが、個人名義では信用が十分ではなかったので、かつて自らが設立し、当時は知人の【H】が代表取締役を勤めていたホリサンを本件商標権のライセンス業務の事務局とすることにした。しかし、本件商標権のライセンス業務自体は、実質的には【E】が取り仕切って行っていた。

また、【E】がライセンスの管理業務の委託を受けたのは、【E】が自ら開発したライセンシーに関してであり、被告【A】が既に開発していたライセンシーである北原株式会社及び鐘忠株式会社は、原告がその管理を行うこととされていた。

(甲五二、一二六)

2  原告と被告アルプス・カワムラとの間の本件使用許諾契約の締結

【E】は、本件商標を使用する企業の開発を進めていたが、その中で、服飾品を取り扱うライセンシーとして、被告アルプス・カワムラとの交渉を開始した。被告アルプス・カワムラでライセンス業務を担当していた専務取締役【F】は、【E】からの提案を受け、当時、既にある程度名の通った企業数社がライセンシーとして契約していたこと、「ボスクラブ」との称呼が量販店向けに適当なブランドであると考えられたことなどから、交渉を進めることにした。【E】と【F】は、面談、文書のやり取りを行って具体的な契約条件を詰め、平成七年三月七日付で、本件商標の専用使用権者を原告、使用許諾管理権者をホリサン、通常使用権者を被告アルプス・カワムラとする、概要、次の内容の契約を、右三者間で締結した。

期間

契約日から平成一〇年一〇月末日まで

許諾商品

帽子、ハンカチ、スカーフ、マフラー、ネクタイ

使用料

頭金四〇〇万円

継続使用料 許諾商品の希望小売価格の四パーセント

本件使用許諾契約には、別紙契約条項目録記載の条項を含む約定が定められていた。

なお、右契約締結にあたって、【E】から被告アルプス・カワムラに対し、本件商標権の商標登録原簿、商標公報及びフーゴ・ボス社が申し立てた登録異議申立に対する決定謄本などが示されることはなかった。

(乙一、四四、五三)

3  本件使用許諾契約後の経緯

(一) 第一回ライセンシーミーティングの開催

(1) 【E】は、ある程度の数の会社と使用許諾契約を締結するに至った平成七年四月ころ、当時のライセンシーを集めて、本件商標権を展開するに当たっての方針を決定するとともに、関係者間の情報交換、顔合わせという意味合いを含めた会議を開催することにし、同年四月一七日ころ、各ライセンシーに対し、第一回ライセンシーミーティングを同月二五日に開催する旨の通知をした。【E】は、ライセンシーの一社であるオズマの協力を得て、ライセンシーミーティングの資料として、【D】が以前使用していた名刺、下げ札等の資料から、下げ札、織ネーム等に使用する(2)号標章のロゴマークを印刷したもの(清刷)等を準備したが、被告【A】には、ライセンシーを集めて四月二五日に会議を開催することは報告したものの、会議の具体的内容、資料等を事前に渡していなかった。

(2) 平成七年四月二五日、東京都渋谷区の東郷記念館で第一回ライセンシーミーティングが開催された。右会議には、ライセンサー側として【E】、ホリサン代表者【H】が、ライセンシー側として被告アルプス・カワムラほか数社の関係者が出席した。右ライセンシーミーティングでは、本件商標権の展開に当たっての基本的コンセプトの説明、下げ札、織ネームのデザイン等のロゴ表示等、ホリサンが準備した資料の配付があり、各ライセンシーは、「BOSS」と「CLUB」の間を半文字分空けた(2)号標章を統一して使用していくことが決定された。また、この第一回ライセンシーミーティングの際には、下げ札、織ネームのデザイン、大きさ、色彩などを示した資料は配付されたものの、各ライセンシーとの契約に定められている事前承認に関する書類、証紙及びその申込みに関する書類、商品生産及び販売計画書、各種購入申込書、生産商品依頼書の書式等は一切用意されておらず、下げ札、織ネーム等を購入する業者の指定もなかった。

(乙一二)

(二) 各ライセンシーの商品展開とヒューゴ・ボス社の警告

(1) 被告アルプス・カワムラは、第一回ライセンシーミーティングの後、ネクタイについて商談を進め、平成七年六月ころ、西友との間で、ボスクラブ標章を使用した平成七年秋冬物のネクタイを納入する契約交渉を開始した。そこで、被告アルプス・カワムラでネクタイ、ハンカチ、マフラーの商品製作及び製作段階での承認(アプルーバル)業務等を担当し、第一回ライセンシーミーティングにも参加していた【G】が、ホリサンの【E】に電話をし、西友との商談の状況を報告するとともに、販売価格、柄構成、販売時期などを説明してホリサンの意見を求めたが、【E】からは特段の指示はなかった。また、【G】が、【E】に契約条項に定められている義務の履行方法について確認をしたのに対し、【E】は、商品生産及び販売計画書は準備していないので提出しなくてもかまわない、織ネーム、下げ札の指定業者はなく、被告アルプス・カワムラが使っている業者で作り、製作、管理して欲しい、証紙は作っていないので必要がないとの回答をした。

そこで、被告アルプス・カワムラは、第一回ライセンシーミーティングにおいて指定された(2)号標章を用いて、織ネーム、下げ札を製作し、同年七月一〇日ころ、織ネーム、下げ札のカラーコピーと共に、西友で決まった商品のネクタイ生地の見本(スワッチ)を郵送した。その後、【G】は、ホリサンの【E】に電話をして、送付した資料と今後送付する必要性のある資料について確認をしたところ、【E】から、織ネームと下げ札はこれでよい、生地についても問題はない、商品ができ上がったら何本か送って欲しい、その他の提出資料は、今は準備ができていないので、とりあえずこれでよいとの回答を受けた。

(2) 【E】が開発したライセンシーの一社であるトミヤアパレルも、ボスクラブ標章を使用したカジュアルシャツ、ニットウェアの製造、販売に着手することを決め、平成七年六月二二日付日本経済新聞及び繊研新聞に、同社が「ボスクラブ」の標章を使用した商品を展開していくことが記事として掲載された。すると、ヒューゴ・ボス社より、トミヤアパレルに対し、「ボスクラブ」の商標は、フーゴ・ボス社が商標権を有するBOSS商標と誤認、混同のおそれがあるとの警告がされ、その後、同年七月二一日付で、同旨の内容証明郵便が送付された。

トミヤアパレルは、ヒューゴ・ボス社から右のような警告を受け、ホリサンの【E】にいかなる対応を取るべきか相談するとともに、同年七月二五日には、送付された内容証明郵便による警告書をホリサンにファックスで送信した。【E】は、同日、トミヤアパレルから送付された右警告書を被告【A】にファックスで送信するとともに、今後の対応について指示を仰いだ。

被告【A】は、原告の顧問弁護士、トミヤアパレルの顧問弁護士らと協議の上、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社に使用態様を理由とした攻撃の糸口を与えないために、今後は(2)号標章を使用せず、(3)号標章を使用していくこと、ヒューゴ・ボス社に対して、法的措置を執り対抗していくことを決定した。また、被告【A】は、同年七月末ころ、【E】を大阪に呼び、今後は各ライセンシーに対して右方針を徹底すること、本件商標権のライセンス関係者全員を集めて、これを周知するための打合せを大阪で開くように手配することを指示をするとともに、今後各ライセンシーに対して提示するロゴマークデザインの案を作成して【E】に提示した。

【E】は、被告【A】から提示されたロゴマークデザインの案に基づいて、新たに(3)号標章の清刷を作成し直すこととし、業者にその作成を依頼したところ、完成は同年八月七日ころになるとのことであった。

(甲九、一〇)

(3) 【E】は、既にヒューゴ・ボス社から警告を受けているトミヤアパレルと、(2)号標章についてのロゴマークデザイン等を作成するについて協力を得ていたオズマに対しては、【E】が面談をした上で、(2)号標章の使用禁止と(3)号標章の使用徹底の方針を遵守するように依頼した。また、【E】は、平成七年八月五日付で、原告に対し、ライセンス業務の経過報告をしたが、その中で、新たなロゴマークデザインである(3)号標章の清刷の完成は八月七日ころになること、完成後に各ライセンシーに対し清刷を配布すること、九月上旬ころ第二回ライセンシーミーティングを開催する予定であることを報告した。

同年八月七日ころ、(3)号標章の清刷が完成したことから、【E】は、被告【A】に清刷を送付した。

しかし、【E】は、既に商品を製造している被告アルプス・カワムラを含めた他のライセンシーに対しては、第一回ライセンシーミーティングにおいて(2)号標章の清刷を配布し、その統一使用を決定、指示していたことから、あまりに短期間のあいだにその方針を変更してしまうと、ライセンシーに対する信用を失うと考え、(3)号標章の清刷を送付せず、各ライセンシーに対する(2)号標章の使用禁止と(3)号標章の使用の指示については、第二回ライセンシーミーティングにおいて徹底することにした。

(甲一三)

(4) 【E】は、各ライセンシーのスケジュール、会場の選定、予約等の調整をした上で、平成七年八月下旬ころ、開催日時を同年九月二二日、開催場所を大阪東急ホテルとして、第二回ライセンシーミーティングを開催することを決定した。そして、【E】は、同年九月一一日、一二日ころ、各ライセンシーに対し、第二回ライセンシーミーティング開催を知らせる文書をファックスで送信した。

(乙一三)

(5) 被告アルプス・カワムラは、(2)号標章を使用した下げ札、織ネームを付したネクタイを二五六一本製造し、平成七年八月九日から同年九月初旬ころまでに、合計七六六本を西友に納品し、西友は同社店舗で右ネクタイの販売を開始していた。

そうしたところ、同年九月一二日付の日本経済新聞の朝刊に、西友が販売するボスクラブ標章を使用したネクタイについて、ヒューゴ・ボス社が警告行為をする旨の記事が掲載された。また、同年九月一三日ころ、被告アルプス・カワムラ及び西友に対し、ヒューゴ・ボス社から、西友が販売する右ネクタイに使用されている標章は、フーゴ・ボス社が有する商標権を侵害する旨の警告文書が送付された。

被告アルプス・カワムラは、ヒューゴ・ボス社の右新聞記事及び警告文書の送付について、ホリサンに報告し、取るべき対応について協議を行った。また、【E】は、被告【A】と対応について協議するとともに、被告アルプス・カワムラから送付されていた下げ札、織ネームのコピーを原告にファックスで送信した。被告アルプス・カワムラは、同年九月一三日に、ホリサンに対し、西友で販売されていたネクタイの現物を送付した。

さらに、同年九月一四日付日経産業新聞、同日付繊研新聞に、(2)号標章はフーゴ・ボス社の有するBOSS商標の商標権とは無関係であり、右商標権を侵害する旨の広告が掲載された。

なお、被告アルプス・カワムラは、ヒューゴ・ボス社の警告行為により、その後、西友から右商品の取引停止の通知を受け、納品済みのネクタイ七六六本のうち、未売却分四八六本の返品を受けた。

(甲一五、一六、一九、五一、乙七、二三)

(6) 原告は、平成七年九月一三日付で、従前から準備していたとおり、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社を相手方として、商標権に基づく差止請求権不存在確認並びに損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起した。

(乙八)

(7) 被告アルプス・カワムラは、ヒューゴ・ボス社からの警告書に対し、反論書を作成して送付することをホリサンの【E】に報告し、被告アルプス・カワムラ代表者が原文を作成した上、加筆訂正をした原案を、平成七年九月一九日ころ、ホリサンにファックスにより送信した。【E】は、右文書を、同月二〇日に原告にファックスで送信したが、この件について、特に被告アルプス・カワムラと【E】、被告【A】の間でやり取りがされることはなかった。被告アルプス・カワムラは、右原案を内容証明郵便の形に清書し、同日、ヒューゴ・ボス社に対して送付した。

また、被告アルプス・カワムラは、右反論書を、後日、ホリサンに送付した。

(甲一七、一八、五二)

(三) 第二回ライセンシーミーティングの開催

(1) 平成七年九月二二日、大阪東急ホテルにおいて、第二回ライセンシーミーティングが開催された。この会議には、ライセンサー側として原告代表者である被告【A】、【E】、ホリサン代表者【H】が出席し、ライセンシー側として、被告アルプス・カワムラ、トミヤアパレル、オズマ、鐘忠株式会社のほか、合計九社の関係者が参加した。

右会議において、ヒューゴ・ボス社からの警告行為、新聞報道に対する対応策等が協議され、各ライセンシーに対し、(3)号標章の清刷が配付された。被告【A】からは、(2)号標章は従前から使用しているものであって、先使用権があるので問題はないと考えるが、トラブルを避けるために、今後は(3)号標章を使用していく旨の説明があった。また、当時、既に(2)号標章を使用した商品の製造の準備を開始し、あるいは販売を開始していた被告アルプス・カワムラ、オズマ、トミヤアパレルから、その商品等の処理について質問がされたが、それらの問題はライセンサー側と各ライセンシーが個別に話合いをすることになった。

(甲二二、乙一三)

(2) ヒューゴ・ボス社からの警告書の送付、新聞記事の掲載、広告の掲載等のボスクラブ標章の使用に対する攻撃に対抗して、ホリサンは、各ライセンシーと協議して、(2)号標章を含めたボスクラブ標章の正当性を訴える共同記者会見を開催することとした。被告アルプス・カワムラは、これに全面的に協力することとし、被告アルプス・カワムラの関連会社のビルを会場として開催することに決め、平成七年一〇月六日、新聞社等に案内状を送付した。また、右共同記者会見の後に、(2)号標章を含めたボスクラブ標章の正当性をアピールする新聞広告を掲載することにした。

(甲三一)

(3) ホリサン及び各ライセンシーは、平成七年一〇月一一日、東京都内で共同記者会見を開催し、同月一二日付日本経済新聞及び同月一三日付繊研新聞に右記者会見の模様が掲載された。また、同月一六日付繊研新聞に(1)号標章(本件商標)の正当性を訴える広告を、同月一九日付日本経済新聞に(2)号標章の正当な使用権を有することを訴える広告を、それぞれ掲載した。

(甲二三、二四、三二、五七、乙一四、五〇)

(4) 被告アルプス・カワムラは、西友から返品され、あるいは納品することができなかったネクタイ合計二二八一本の処理について、原告及びホリサンから何らの指示もなかったこと、原告は、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社に対し、(2)号標章を含めた本件商標について、差止請求権不存在確認訴訟を提起していたこと、第二回ライセンシーミーティングにおいて、被告【A】が(2)号標章については先使用権がある旨説明していたこと、その後に開催された共同記者会見、日本経済新聞に掲載した広告においても(2)号標章使用の正当性を訴えていたことなどから、既に製造している商品については、(2)号標章を付して販売することも問題がないと考え、右ネクタイを、株式会社ダイクマ、株式会社キンカ堂及び株式会社扇屋に対して値下げをして販売した。

(乙一四)

4  契約解除に至る経緯

(一) 共同記者会見後の各ライセンシーの動き

共同記者会見の後、大手量販店が問題の生じる可能性のあるブランドの取扱いに慎重な姿勢を見せていたことから、各ライセンシーは、本件商標を使用した商品を積極的に展開するような状況ではなくなっていた。その中で、被告アルプス・カワムラは、第二回ライセンシーミーティングの趣旨に従って、(3)号標章を使用した平成八年春夏物の商談を進めていた。

平成七年一二月五日ころ、ホリサンから各ライセンシーに対し、平成八年度の春夏物の取引状況の報告要請があったため、同月六日ころ、【G】は、その時点で決まっていた得意先、店舗数、本数、金額を記入の上、使用計画書をホリサンにファックスで送付した。また、【G】は、右送付の後、ホリサンの【E】に電話をし、他に送るものはないかとの確認をしたところ、【E】は、ネクタイ、帽子の現物ができ上がったら、サンプルを何点か送って欲しいが、その他は送ってもらうものはないとの回答をした。

(乙三一)

(二) そうした中で、フーゴ・ボス社の(2)号標章の使用に対する警告行為は止まらず、平成七年一二月二〇日付日本経済新聞、同月二一日付繊維ニュース、同月二二日付繊研新聞に、BOSS商標と(2)号標章は無関係であり、(2)号標章の使用はフーゴ・ボス社の商標権を侵害する旨の広告を掲載し、また、同月二八日付で、特許庁に対し、商標取消審判請求事件の弁駁書を提出するとともに、その証拠資料として被告アルプス・カワムラが西友に販売したネクタイに使用されていたロゴを提出した。

(甲三四ないし三七)

(三) 被告アルプス・カワムラは、平成八年二月一日、従前の【E】の指示に従い、取引が決定した平成八年春夏物の代表的見本、下げ札、織りネームを四部ずつをホリサンに送付したところ、【E】から電話があり、これでいいとのことであった。

その後、被告アルプス・カワムラは、(3)号標章を使用した商品を、大手量販店等に販売した。

(乙二四)

(四) 平成八年二月上旬ころ、オズマが、株式会社千趣会の通信販売のカタログに、「BOSS」と「CLUB」の間を空けた(2)号標章を使用した商品、Tシャツの前面に「BOSS」、背面に「CLUB」とロゴマークを表示した商品の広告を掲載した。被告【A】は、そのころ右事実を知り、これがフーゴ・ボス社が申し立てている商標権取消審判請求事件で不利な材料となり、本件商標の商標登録が取り消されるおそれがあると考えるに至った。

そこで、被告【A】は、各ライセンシーの権益を最低限守る内容でフーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社と和解契約を締結する道を探り始め、同年二月下旬ころ、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社と和解の交渉に入るとともに、同年三月五日付で、【D】より本件商標権を譲り受けた。

(甲七三、一三二)

(五) 原告及びホリサンは、平成八年三月一五日付書面により、本件商標権の全ライセンシーに対し、本件商標の平成八年三月末日現在の商標使用報告書及び同年四月から同年一二月末までの商標使用計画書の提出を求め、合わせて織ネーム、下げ札、代表的商品の提出を求めた。

これに対し、被告アルプス・カワムラの商品部課長の【G】は、【E】に電話をして、織ネーム、下げ札、代表的商品の送付の要否について確認をした。【E】は、【G】の右問合わせに対し、前回送っているネームとラベルであれば送付の必要はない、商品については、でき上がった段階でサンプルを何点か送って欲しいとの返答をし、【G】は、これに従って、同年四月一二日に、右使用報告書及び使用計画書を提出したが、この段階では織ネーム、下げ札、代表的商品は送付しなかった。

また、同年四月一〇日から一二日まで、被告アルプス・カワムラにおいて、秋冬物の新作の展示会があり、そこで(3)号標章を使用した商品の発表もあったので、【E】に来社を要請した。【E】は展示会に来場し、商品見本、織ネーム、下げ札等を確認して、大変良くできていると評価したが、この際、被告アルプス・カワムラに対して、資料等の提出を要請するようなことはなかった。

(甲四〇、四一、乙三二)

(六) 被告【A】は、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社との和解交渉において、まず、本件商標権をフーゴ・ボス社に譲渡するとともに各ライセンシーに対するライセンサーとしての地位をも承継することを内容とする提案を行ったが、この提案はフーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社側から拒絶された。そこで、被告【A】は、ライセンサーとしての地位の承継の代わりに、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社が、各ライセンシーが一定期間本件商標権を継続使用することを認め、その間、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社は差止請求権を行使しないことを内容とする条件の提案を行い、その差止請求権不行使の期間を五年間と主張した。しかし、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社は右提案に一定の理解を示したものの、差止請求権の不行使の対象を(1)号標章及び(3)号標章に限定し、かつ、不行使の期間としては一年程度とする内容を主張し、結局、どの程度の差止請求権の不行使期間を認めるかで、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社の代理人が、再度本国の本社と協議をすることとなった。

(七) 原告及び被告【A】は、平成八年四月二二日付の本件通告書を被告アルプス・カワムラに送付し、同書面は同月二四日被告アルプス・カワムラに到達した。本件通告書には、本件使用許諾契約における契約条項上の義務を列挙した上、平成八年三月一五日付で送付した報告書提出依頼に基づく報告内容を見る限り、契約上の義務の履行がないとして、その履行の催告をし、本件商標を使用した商品の写真又はカタログ、下げ札、織ネーム、包装容器等を一四日以内に提出することを求め、さらに、期限内の履行がない場合には、解除を承諾したものとみなす旨記載されていた。

(乙一〇)

(八) 被告【A】は、ヒューゴ・ボス社との和解交渉における条件を履行するためには、現在各ライセンシーと締結しているライセンス契約のうち、契約期間の終期を明確化し、更新を認めない内容のものとし、また、使用商標についても、(2)号標章の使用を禁じ、(1)号標章及び(3)号標章に限定する契約を再度締結する必要性があると考え、平成八年四月二二日付の本件通告書と同一の内容の書面により、各ライセンシーに対し、契約違反を理由として原告と各ライセンシー間のライセンス契約を解除する旨の通知をした。

また、原告は、同日付内容証明郵便で、【E】及びホリサンに対し、【E】の管理義務違反、ライセンス料六七〇万円の不払いを理由として、本件商標の管理委託契約を解除する旨の通告をし、さらに、同年五月一〇日付で【E】及びホリサンとの間で合意解除書を作成した。同日ころ、ホリサンは、各ライセンシーに対し、ホリサンと原告とのライセンス管理業務委託契約が解除され、ホリサンは旧三社間契約から離脱したこと、各ライセンシーと商標権者の再契約を含めた諸調整には責任を持って対処することを表明するとともに、原告の連絡先を記載した文書を送付した。

他方、被告アルプス・カワムラは、同年四月二六日、ホリサンに対し、取引が決まった商品のサンプルを送付した。

(甲五〇、五一、一二七、一二八、乙一〇、二五ないし二七、二九、三〇)

(九) 被告アルプス・カワムラは、原告から送付された本件通告書に対し、すべてホリサンの指示に従って業務を遂行してきたにもかかわらず、一方的に原告から内容証明郵便により解除通知を受けたことについて不審に思い、原告代表者に電話をし、平成八年五月一日に大阪ヒルトンホテルにおいて、被告【A】と被告アルプス・カワムラの専務取締役である【I】との会談を設定した。

右会談では、【I】から、本件商標を使用するビジネスを継続し、現契約を尊重すること、ヒューゴ・ボス社とは闘っていくことが被告アルプス・カワムラの基本的方針である旨の説明があった。これに対し、被告【A】からは、ヒューゴ・ボス社からの攻撃により各ライセンシーが本件商標を意欲的に使っておらず、平成七年においては、頭金以外は一切使用料が入らなかったこと、ヒューゴ・ボス社との和解交渉については、平成八年三月八日の段階で商標権を買い入れたいとの申入れがあり、交渉の要点は使用期間にあること、次回の話合いは同年五月八日であることなどが説明された。

(乙一六、一七)

(一〇) 被告アルプス・カワムラ代表者は、【I】から会談の内容の報告を受け、平成八年五月二日、原告に対し、被告アルプス・カワムラは諸義務を履行しているにもかかわらず、改めて下げ札、織ネーム、代表的見本等の提出を求めるならば、根拠を示して欲しいとの内容の内容証明郵便を送付した。

(甲四二)

5  原告とフーゴ・ボス社の和解の成立

(一) フーゴ・ボス社は、平成八年五月七日付で、特許庁に係属している本件商標権の取消審判請求事件において理由補充書を提出し、その中でオズマの株式会社千趣会のカタログでの使用態様を主張し、カタログの写しを証拠として提出した。

(甲七三)

(二) 被告【A】は、平成八年五月七日付で、本件商標権のライセンス業務について、現在までの状況、ホリサン(【E】)との契約を解除した経緯、本件通告書を送付した意図等を説明する文書を、被告アルプス・カワムラを初めとする各ライセンシーに送付した。

他方、被告アルプス・カワムラは、同日、ヒューゴ・ボス社に対し、原告及び被告【A】とフーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社との間の和解交渉について、本件商標権を譲渡する内容の合意をすることを牽制する趣旨の内容証明郵便を送付した。

(乙一七、二〇)

(三) 原告は、平成八年五月八日、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社代理人と和解協議を行い、基本的条件を詰め、差止請求権を行使しない標章を(1)号標章及び(3)号標章とすること、期間は、各ライセンシーとの当初の契約期間とし、延長は認めないことなどの合意事項を定めた。フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社代理人は、最終的にドイツ本国のフーゴ・ボス社本社の決裁を取る手続に入ることとなった。

(四) 原告は、平成八年五月一七日から同月二八日ころにかけて、各ライセンシーと、新たなライセンス契約を締結した。この契約においては、使用期限を従前のライセンス契約の期間として、更新はしないものとされ、また、使用標章は、(1)号標章及び(3)号標章に限定された。

また、原告は、平成八年五月二一日に、各ライセンシーに対してファックスで連絡をし、進行中の和解の内容を説明した上で、契約期間を当初の契約の許諾期間内、最大で平成一〇年一二月までとし、契約更新はしないとする内容の新契約を締結するように求めた。

平成八年五月二二日、被告アルプス・カワムラは、【I】を再度大阪に派遣して被告【A】と面談をし、フーゴ・ボス社への商標権の譲渡を見合わせるように要請し、どうしても手放すつもりならば、被告アルプス・カワムラが譲渡を受けることを伝えたが、被告【A】はこれを受け入れず、新契約の契約条項案が提示された。また、同日、原告から被告アルプス・カワムラに、新契約の商標使用料に関するファックス文書が送付された。同日、被告【A】と被告アルプス・カワムラ代表者は、電話で長時間にわたり本件商標権及び本件使用許諾契約の取扱いについて交渉をしたが、最終的な合意には至らなかった。

(甲四三、一一四ないし一一六、乙一九、三三、四五)

(五) 原告及び被告【A】は、平成八年五月二八日、フーゴ・ボス社代理人との間で、本件商標権について、次のような内容の本件和解契約を締結した。

(1) 原告は本件商標権の専用使用権及びその有する七つの商標登録出願により生じた権利を一〇〇〇万円でフーゴ・ボス社に譲渡する。

(2) 被告【A】は、本件商標権及びその有する四三の商標登録出願により生じた権利を二〇〇〇万円でフーゴ・ボス社に譲渡する。

(3) フーゴ・ボス社は、原告が本件商標権の使用許諾をしたライセンシー一五社が(1)号標章、(3)号標章を最長平成一〇年一二月末日まで使用することを認め、更にその期間経過後六〇日間を追加使用期間として認める。ただし、(2)号標章について差止請求権を行使することを妨げない。

同日、原告から被告アルプス・カワムラに対し、和解の成立についてファックスで連絡があり、被告アルプス・カワムラ代表者が被告【A】に電話をして再度本件商標権及び本件使用許諾契約の取扱いについて交渉をしたが、結局、合意には至らなかった。

(甲一二四)

(六) 原告は、本件和解契約の締結に伴い、平成八年五月二八日、本件専用使用権をフーゴ・ボス社に譲渡した(移転登録日同年七月二二日)。また、被告【A】は、同年六月一〇日本件商標権の移転登録を経由した上で、同月一一日、本件商標権をフーゴ・ボス社に譲渡した(移転登録日同年九月二四日)。その結果、本件専用使用権は混同により消滅した(登録日同日)。

(甲一二九ないし一三二)

6  その後の経過

(一) 被告アルプス・カワムラは、平成八年六月一三日に、ホリサンに対して旧三者間契約からの脱退の確認を求める内容証明郵便を、同月一七日にヒューゴ・ボス社に対し、本件使用許諾契約の内容を告知する内容証明郵便をそれぞれ送付し、さらに、同月二八日には、原告に対し、ホリサンの権利義務を原告が承継したことの確認を求め、新契約には同意できないことを通告するとともに、フーゴ・ボス社、ヒューゴ・ボス社との和解の折衝経緯及び合意事項の内容の開示を求める内容証明郵便を送付した。

(甲四五、四六、乙二一)

(二) 被告アルプス・カワムラは、(3)号標章を付したネクタイ、ハンカチ、帽子、マフラー等を平成八年二月ころから同年一二月ころにかけて、ジャスコ、イトーヨーカ堂等の大手量販店において継続的に販売した。

(三) 被告アルプス・カワムラは、平成八年一〇月一八日付内容証明郵便により、それまでの本件商標の使用実績を報告し、これにより発生した使用料については、頭金四〇〇万円を控除した残額と原告に対して被告アルプス・カワムラが取得した原告の本件使用許諾契約違反による一億円以上の損害賠償請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(甲六五、六六)

(四) 被告アルプス・カワムラは、原告に対し、平成九年一月一四日付内容証明郵便で、原告が本件商標権をフーゴ・ボス社に譲渡し、本件商標権の専用使用権が混同により消滅するに至ったため、本件使用許諾契約を履行不能にしたことを理由として、本件使用許諾契約を解除する旨通知し、右通知は同月一六日、原告に到達した。

(乙三六)

二1  原告は、平成七年一月ころ、【E】が被告アルプス・カワムラと本件使用許諾契約の締結交渉をする中で、被告アルプス・カワムラに対し、本件商標権の商標公報、商標登録原簿、フーゴ・ボス社の登録異議申立てに対する決定謄本等を交付しており、被告アルプス・カワムラは、本件使用許諾契約の締結に当たって、本件商標権に関してフーゴ・ボス社との間に争いがあったことを知っていたと主張し、その際に交付した資料として甲一三三を提出し、証人【E】の証言の中にも右主張に沿う部分がある。

しかし、証拠(乙五三)によれば、【E】が被告アルプス・カワムラとの本件使用許諾契約の契約締結交渉の過程で、被告アルプス・カワムラに対して交付した書類は、平成七年二月二一日付の「ライセンス契約検討にあたって」と題する文書であり、その文中には、「添付の商標関連資料によって示された旧17類登録第2108026号商標『BOSSCLUB』」との記載があるものの、実際にこれに添付されていたのは原告の主張する本件商標権に関する資料ではなく、ライセンス契約書の原案であったことが認められる。乙五三に印字されているファックス送信記録の一連性に照らすと、甲一三三は、右当時に実際に被告アルプス・カワムラに送付された文書と同一であるとは認められない。その他、【E】から被告アルプス・カワムラに対し、本件使用許諾契約の契約締結交渉の過程で、本件商標権の商標公報、商標登録原簿、フーゴ・ボス社の登録異議申立に対する決定謄本等が交付されていたと認めるに足りる証拠はない。前記認定に反する証人【E】の証言は、信用することができない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

2  原告は、平成七年四月二五日の第一回ライセンシーミーティングの後、当日中に、ホリサン及び鐘忠株式会社から(2)号標章の資料を提示され、直ちに、【E】に対し、ライセンシーに対してその使用を厳禁するように指示をした、また、【E】は、各ライセンシーに対し、同年八月五日ころまでに(2)号標章の使用禁止と(3)号標章の使用徹底を指示し、同月七日ころ、(3)号標章の清刷を送付した、さらに、被告アルプス・カワムラからは、西友に納品したネクタイの製造については、事前に全く相談がなかった旨主張し、甲五二(【E】及び【H】の陳述書)、証人【E】の証言、原告代表者本人尋問の結果中には、右主張に沿う部分がある。

しかし、証拠(甲九、一三、証人【E】)によれば、【E】が各ライセンシーに対して、(2)号標章の使用を禁止し、(1)号標章及び(3)号標章の使用を指示するための具体的な準備を開始したのは、ヒューゴ・ボス社からトミヤアパレルへの警告行為に対する対応が決定され、【E】が大阪において【A】から具体的な指示を受けた平成七年七月下旬ころであると認められ、これ以前に、【E】が、各ライセンシーに対して、具体的に(2)号標章の使用禁止、(1)号標章及び(3)号標章の使用徹底を指示していたとは認められない。そして、証拠(甲三九)によれば、平成七年七月下旬の時点においては、被告アルプス・カワムラが、西友に対するネクタイについての商談をまとめ、(2)号標章を使用した商品を製造していたことが認められるから、仮に、右時点以降、【E】から被告アルプス・カワムラに対して、第一回ライセンシーミーティングにおいて指示があった(2)号標章の使用を禁止し、(1)号標章及び(3)号標章を使用するように指示があったとすれば、被告アルプス・カワムラからホリサンあるいは【E】に対して、いったん決定された方針と異なる指示が出されたことに対する説明の要求、既に製造した(2)号標章を使用した商品の取扱いについての問い合わせ、協議の申入れがなかったとは考えられず、かつ、そのような問い合わせ、協議の申入れが全くないままに、被告アルプス・カワムラが、(2)号標章を使用したネクタイの製造、販売を継続するという事態は想定し難い。しかるに、被告アルプス・カワムラとホリサンないし【E】との間で、そのようなやりとりがあったことをうかがわせる証拠はなく、また、【E】も当法廷において、そのようなやり取りがあったとは記憶していない旨証言しており、不自然というほかない。

また、【E】が平成七年八月七日ころ、【E】が各ライセンシーに対して(3)号標章の清刷を送付したことについては、甲五二及び証人【E】の証言中に、これに沿う部分があるにすぎず、その際の送り状、添付文書等は、証拠として提出されていない。

他方、被告アルプス・カワムラが平成七年七月一〇日ころ、ホリサンに対して送付したとする下げ札、織ネームのカラーコピー、ネクタイ生地の見本(スワッチ)については、これを送付したことを証する書類は証拠として提出されていないものの、右送付に関する証人【G】の証言は具体的であり信用することができる。のみならず、被告アルプス・カワムラが西友との間で商談をまとめたネクタイは、本件使用許諾契約に基づく商品としては最初のものであって、本件使用許諾契約における契約条項からしても、被告アルプス・カワムラが、商標管理権者であるホリサンに対して事前の相談を全くすることなく、下げ札、織ネームを独自に作成した上で、商品の製造、販売に取りかかることは考えられない。

これらの証拠状況に照らして検討すれば、前記一で認定したとおり、被告アルプス・カワムラは、【E】と相談の上で西友との間で商談を進めたものであり、被告アルプス・カワムラが(2)号標章の使用禁止と(1)号標章及び(3)号標章の使用の指示を受けたのは、ヒューゴ・ボス社から西友が販売するネクタイについての警告行為が明らかになった平成七年九月一二日ころであったと認めるのが相当である。

したがって、この点に関する原告の主張も採用できない。

三  甲事件争点(一)(本件使用許諾契約解除の有効性)について

1  甲事件争点(一)(1)(被告アルプス・カワムラの債務不履行の有無)について

(一) 事前承認義務違反

(1) 前記一で認定したとおり、被告アルプス・カワムラの担当者【G】は、平成七年六月から七月にかけて、西友とのネクタイの商談に関し、販売価格、柄構成、販売時期、契約条項に定められている義務の履行方法などについて、【E】に相談をしつつ話を進め、【E】の指示に従って、被告アルプス・カワムラが自ら織ネーム、下げ札を製作し、同年七月一〇日ころ、織ネーム、下げ札のカラーコピーとともに、西友で決まった商品のネクタイ生地の見本(スワッチ)を郵送したものである。

(2) ところで、本件使用許諾契約における契約条項においては、被告アルプス・カワムラは、契約上の義務として、

① 許諾商品を生産しようとするときは、事前に商品品目、希望小売価格、生産数量、完成時期、主たる販売先などを記載した「商品生産及販売計画書」と代表的見本をホリサンに提出してその承諾を受けなければならない(本件使用許諾契約四条一項)

② その製造販売する許諾商品の現実見本を吊札、織ネーム、包装、容器とともに、ホリサンに提出しその承諾を得た後でなければ、許諾商品の製造及び販売を開始してはならず(五条四項)、製造した許諾商品の完成品四部を、販売を開始する前にホリサンに提出しなければならない(同条五項)

③ その製造販売する許諾商品の現実見本及びホリサン指定の吊札、織ネーム、包装、容器の現物見本を、ホリサンが定める「商品生産承認依頼書」及び「吊札、織ネーム、包装、容器生産承認依頼書」とともにホリサンに提出しその承諾を得た後でなければ、指定商品及び吊札、織ネーム、包装、容器の製造を開始してはならず(同六条四項(1))商品の販売を開始する前に、当該許諾商品及びその吊札、織ネーム、包装、容器の完成品四部をホリサンに提出しなければならない(同項(2))とされている。

したがって、前記(1)の被告アルプス・カワムラがホリサンに対して行った、西友に対して販売したネクタイにかかる事前の確認行為は、いずれも、商標管理権者であるホリサンないし【E】の指示に従ったものであるが、形式的には右契約各条項に違反するものというべきである。

(二) 紛争発生後の無断販売

(1) 前記一で認定したとおり、被告アルプス・カワムラは、西友から返品され、あるいは納品することができなかった(2)号標章を使用したネクタイ合計二二八一本を、株式会社ダイクマほかに対して値下げをして販売しており、この再販売行為については、ホリサンの明確な承諾を得ていない。

(2) 本件使用許諾契約には、五条四項において、被告アルプス・カワムラは、許諾商品の現実見本を、吊札、織ネーム、包装、容器とともに、ホリサンに提出しその承諾を得た後でなければ販売してはならないと定められており、右ネクタイ及びそれに使用された下げ札、織ネームは、前記(一)で述べたとおり、【E】の指示に従って製造されたものであるけれども、前記一で認定したとおり、平成七年九月一二日以降、ヒューゴ・ボス社から右ネクタイの販売をきっかけとして大々的に警告行為がなされ、その後に開催された第二回ライセンシーミーティングにおいて、各ライセンシーは(3)号標章を統一して使用していくことが決められたことにかんがみれば、被告アルプス・カワムラは、既に製造した(2)号標章を使用した商品の販売については、改めて原告ないしホリサンの承諾を受けるべきであったということができる。

右のような具体的事情を考慮すれば、被告アルプス・カワムラの右販売行為は、本件使用許諾契約五条四項に違反するものというべきである。

(三) ヒューゴ・ボス社に対する無断回答

(1) 前記一で認定したとおり、被告アルプス・カワムラは、ヒューゴ・ボス社からの警告書に対し、反論書を作成して送付することをホリサンの【E】に報告し、被告アルプス・カワムラ代表者が原文を作成した上、加筆訂正をした原案を、平成七年九月一九日ころ、ホリサンにファックスで送信し、同月二〇日、右原案を清書したものをヒューゴ・ボス社に送付したが、右ヒューゴ・ボス社に対する反論書の送付については、被告アルプス・カワムラと【E】、被告【A】の間で右のほかはやり取りがされることはなかったのであり、被告アルプス・カワムラは、原告あるいはホリサンの明確な指示に基づかずに反論書を送付したことになる。

(2) 本件使用許諾契約一〇条一項には、被告アルプス・カワムラは、許諾商品について第三者から不正競争、不正行為その他の理由によって差止め、損害賠償又はその他の請求を受けたときには、直ちにこのことを原告及びホリサンに通知し、原告、ホリサンと協議し、又はホリサンの指示に従ってこれに対する措置をとらなければならないと定められている。

右(1)の事実によれば、被告アルプス・カワムラは、ヒューゴ・ボス社からの警告行為に対して、反論書を送付することをホリサンに報告し、その原案をホリサンに送付した上でヒューゴ・ボス社に送付しているが、原告、ホリサンと協議した上、あるいはホリサンの指示に従って反論書をヒューゴ・ボス社に送付したとまでは認められない。

したがって、被告アルプス・カワムラの右行為は、形式的には、本件使用許諾契約一〇条一項に違反するものというべきである。

(四) 報告義務違反

(1) 前記一で認定したとおり、被告アルプス・カワムラは、原告及びホリサンの平成八年三月一五日付書面による商標使用報告書及び商標使用計画書並びに織ネーム、下げ札、代表的商品の提出の要請に対し、同年四月一二日に使用報告書及び使用計画書を提出したものの、前回と同じものであれば提出の必要はないとの【E】の指示に従って、織ネーム、下げ札、代表的見本は送付しておらず、新たに商品の納入が決まった同年四月二六日の段階で、ホリサンに対し、商品見本を送付している。

また、被告アルプス・カワムラは、同月二二日付の原告の本件通告書による織ネーム、下げ札、商品見本の提出要請に対して、五月二日付内容証明郵便により、提出を求める根拠を明示するように主張し、織ネーム、下げ札、商品見本の提出を拒否している。

(2) 本件使用許諾契約においては、被告アルプス・カワムラの許諾商品の生産に先立って商品見本、織ネーム、下げ札等を提出する義務(四条一項、五条一項)、あるいは商標の使用状況の報告義務(四条二項)、自ら製造した場合の下げ札、織ネームの製造、使用、在庫数の報告義務(六条四項(3))等は定められているものの、原告あるいはホリサンの要求により、事後的に商品見本、下げ札、織ネームを提出する義務は直接には定められていない。

もっとも、本件使用許諾契約においては、契約違反又は履行遅滞に基づく契約解除の通告において、当該通告より三〇日以内に相手方が契約違反又は履行遅滞を是正しないときに契約を解除することができると定められている(一二条一項)。

したがって、被告アルプス・カワムラが、前記(1)の平成八年三月一五日付書面による報告要請に対して商品見本及び下げ札、織ネームを提出しなかった点は、本件商標の許諾管理権者であるホリサンないし【E】の指示に従ったものであるのみならず、本件使用許諾契約のいずれの条項にも違反しないものであり、また、同年四月二二日付の本件通告書による報告要請に対して商品見本及び下げ札、織ネームの提出をしなかった点についても、それ自体が直ちに契約条項に違反するものとはいえない(一二条一項の関係で、契約違反又は履行遅滞の有無とその是正の成否の問題が生じるにすぎない。)。

(3) また、証拠(甲四一、六六)によれば、被告アルプス・カワムラが平成八年四月一二日に提出した同年三月末日までのボスクラブ標章の使用報告書に記載されている販売数量と、同年一二月末日までの使用計画書の数値の合計は、被告アルプス・カワムラが平成八年に製造、販売した実際の数量よりも少なかったことが認められる。

2  甲事件争点(一)(2)(本件通告書の解除通知としての有効性)について

(一) 本件使用許諾契約には、契約解除に関する条項(一二条一項)が存在したことは、前記のとおりである。

ところで、本件使用許諾契約は、原告が本件商標権の専用使用権に基づいて被告アルプス・カワムラに対して本件商標を使用させる等の義務を負い、これに対して被告アルプス・カワムラが商標使用料の支払義務とともに各種義務を負担するものであって、いわゆる継続的契約関係に当たる。このような継続的契約関係にあっては、契約上解除に関する定めが存在する場合であっても、解除権を行使するためには、信義則上、取引関係を継続し難いような不信行為等のやむを得ない事由の存することが必要であると解するのが相当である。

(二) 原告は、平成八年四月二四日付の本件通告書により、本件使用許諾契約を解除したと主張するので、この点について検討すると、本件通告書の内容は、前記一4(七)で認定したとおりである。

右事実によれば、本件通告書の内容は、前記1で検討したところの、本件使用許諾契約の履行におけるに被告アルプス・カワムラの具体的行為を問題としたものと解することはできず、その文面からは、原告が被告アルプス・カワムラに対し、いかなる事実をもって債務不履行を主張し、その履行の催告をしているのか覚知することができない。、そうすると、右通告は、本件使用許諾契約一二条一項の定める契約解除の前提としての履行の催告としては、効力を持たないものといわざるを得ない。

(三) さらに、右(二)の点をひとまず措いて、本件通告書が前記1の各点の債務不履行についての催告書面であるとしても、以下に述べるとおり、これを契約解除の理由とすることはできないというべきである。

(1) 事前承認義務違反及び報告義務違反について

前記1(一)、(四)で述べたとおり、本件使用許諾契約の契約条項の定めからすれば、被告アルプス・カワムラは、事前承認義務を厳密に履行していたとはいい難い。

しかし、前記認定のとおり、第一回ライセンシーミーティングの際には、本件使用許諾契約に定められている事前承認義務、報告義務を履行するための書類の書式、提出方法などについては具体的には定められていなかったものであり、被告アルプス・カワムラは、平成七年六月ころに西友との商談をまとめて(2)号標章を使用した商品を製造、販売するに当たって、事前に【E】に電話をし、その際に取るべき手続を確認した上で、【E】の指示に従って資料の提出を行っていること、被告アルプス・カワムラの資料提出に対しては、【E】から、本件通告書が送付されるまで、何らの異議も述べられていないことからすれば、右事前承認義務、報告義務の履行態様は、仮にこれが形式的に契約条項に違反していたとしても、許諾管理権者たるホリサンの指示によるものであって、原告から右履行態様を非難されるいわれはないというべきである。

また、被告アルプス・カワムラが平成八年四月一二日付で提出した使用実績書と使用計画書の合計数量が、現実に販売した数量と比較して過小であったとしても、右時点で平成八年内に販売するすべての取引が決定したとは考え難いことからすれば、予測の数値となることはやむを得ないというべきであって、これをもって、本件使用許諾契約にいう報告義務に違反しているということはできない。

(2) 紛争発生後の無断販売について

被告アルプス・カワムラが、西友から返品されたネクタイについて、これを原告又はホリサンの承諾を得ることなく、再度販売したことは、前記のとおり、事前承認義務に違反するというべきである。

しかし、前記認定のとおり、被告アルプス・カワムラが、(2)号標章を使用したネクタイを製造したのは、ホリサンの不十分な使用商標の指示、管理にあったといえること、これら商品はいったんはホリサンの承認の下に製造されたものであること、第二回ライセンシーミーティングにおいては、(3)号標章を使用する方針が決定されたものの、原告のフーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社に対する訴訟提起、第二回ライセンシーミーティングにおける被告【A】の発言内容、その後の共同記者会見の内容、原告らが掲載した新聞広告の内容から明らかなように、本件商標に関わるライセンサー及びライセンシーの対外的態度としては、(1)号標章及び(3)号標章の正当性はもとより、(2)号標章使用の正当性をも主張するものであったこと、第二回ライセンシーミーティングにおいて、既に商品を生産したライセンシーについては、個別の話合いをして当該商品の取扱いを協議することとされたにもかかわらず、原告及びホリサンと被告アルプス・カワムラとの間で、西友に販売することができなかった(2)号標章を使用したネクタイの処分についての具体的な協議がされたとも認められないことなどからすれば、被告アルプス・カワムラによるネクタイの再販売行為を一概に非難することはできないというべきである。

(3) ヒューゴ・ボス社に対する無断回答について

被告アルプス・カワムラが、ヒューゴ・ボス社からの警告行為に対して、平成七年九月二〇日、反論書を提出した際の対応は、前記認定のとおり、少なくとも事前にホリサン及び原告と協議したとはいえず、本件使用許諾契約一〇条一項に形式的には違反する行為というべきである。

しかし、被告アルプス・カワムラは、ホリサンに対して全く無断で反論書を提出したものではなく、少なくとも、反論書の正式文書とほぼ同一の文案を事前に【E】に送付し、その後、右反論書を清書し、提出しているものである。そして、ホリサン及び原告が、右反論書の原案の送付を受けた後、本訴提起に至るまで、反論書の提出それ自体、あるいはその内容について、被告アルプス・カワムラに対して異議を述べたような事実が存在したことを認めるに足りる証拠もない。

また、前記のとおり、平成七年九月一三日に原告はフーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社に対して訴訟を提起していたこと、被告【A】は、第二回ライセンシーミーティングにおいて、(2)号標章について、法的には問題がないが、念のため(3)号標章を使用すると説明していたことからすれば、被告アルプス・カワムラの反論書の内容がヒューゴ・ボスに対して敵対的であることについても、当時のライセンサー及びライセンシーの基本的姿勢に反するものとまではいえない。

このような事実からすれば、ホリサン及び原告は、少なくとも被告アルプス・カワムラの反論書の提出行為を黙認していたものと見るのが相当であり、また、その内容もライセンサー及びライセンシーの基本的姿勢に反するものとまではいえない。

(4) さらに、証拠(乙一〇、二七、二九)によれば、原告は、本件通告書とほぼ同様の内容の通告書を、本件商標の各ライセンシーに一斉に送付していることが認められる。前記一で認定した事実からすれば、本件通告書は、オズマが「BOSS」と「CLUB」を完全に分離したロゴマークを使用した商品をカタログに掲載したことにより、本件商標の商標登録が取り消される可能性が高くなったと判断した被告【A】が、フーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社と和解をするに当たって、従前のライセンシーとの契約関係をいったん清算し、新契約を締結することによって和解条件に合致したものとする意図の下に、各ライセンシーに解除通知として送付したものであると見るのが自然である。

そして、前記のとおり、被告アルプス・カワムラには、一部本件使用許諾契約の契約条項に違反する行為があったものの、それらは許諾管理権者であるホリサンないし【E】の指示に従ったもの、あるいは、当時の原告、ホリサン、各ライセンシーの意向に沿ってなされたものであって、少なくとも、原告と被告アルプス・カワムラの信頼関係を破壊するような重大な契約違反行為とまでは評価することができない。してみると、右の一部契約条項違反の点を取り上げて解除権を行使することは、解除権の濫用に当たるものと認めるのが相当である。

(四) そうすると、原告の本件通告書によって本件使用許諾契約が解除されたとは認められないから、原告と被告アルプス・カワムラの本件使用許諾契約は、平成八年四月二四日以降も継続していたものというべきである。

四  甲事件争点(二)(不正競争防止法に基づく請求の成否)について

前記三で認定判断したとおり、原告と被告アルプス・カワムラとの間の本件使用許諾契約は、平成八年四月二四日以降も続いていたものと認められるところ、前記一で認定したとおり、原告は、平成八年五月二八日に本件商標権の専用使用権を、被告【A】は本件商標権を、いずれもヒューゴ・ボス社に譲渡したことにより、本件使用許諾契約の基礎となっている本件商標権の専用使用権は混同により消滅し、これは、平成八年九月二四日に商標登録原簿に登録されている。

そうすると、本件商標権の専用使用権に基づく本件使用許諾契約は、右時点において原告の責に帰すべき事由により履行不能となったものというべく、平成九年一月一六日到達の被告アルプス・カワムラの原告に対する解除通知により、解除されたものと認められる。

したがって、平成九年一月一六日までは、被告アルプス・カワムラは、原告との間では、本件使用許諾契約に基づき、適法な使用権原を有していたものであるから、原告は、被告アルプス・カワムラに対し、右時点までは、本件標章を使用した商品の製造、販売について、不正競争防止法に基づく差止請求権、損害賠償請求権を行使することはできなかったものというべきである。なお、原告は、原告とフーゴ・ボス社及びヒューゴ・ボス社との本件和解契約においては、フーゴ・ボス社は(1)号標章及び(3)号標章については、一定期間は差止請求権を行使しない旨の約定があり、右期間中は原告は(1)号標章及び(3)号標章を使用許諾できたのであるから、履行不能には当たらないと主張する。しかし、原告とフーゴ・ボス社の間の和解の内容は、原告も認めるとおり、フーゴ・ボス社が一定期間は商標権に基づく差止請求権を行使しない旨の約定であって、原告が右期間中にライセンス業務的な行為を行うことができるのは、右和解条項に基づく事実上の反射的効果にすぎないというべきである。したがって、原告は、原告の被告アルプス・カワムラに対する本件商標権の専用使用権に基づく使用許諾を内容とする本件使用許諾契約の履行義務を果たすことはできなくなったのであって、この点に関する原告の主張は採用できない。

また、証拠(乙四二)及び弁論の全趣旨によれば、被告アルプス・カワムラは、平成九年一月一七日以降、本件商標を使用していないものと認められるから、右時点以降についての、本件商標を使用した商品を製造、販売したことに対する原告の被告アルプス・カワムラに対する不正競争防止法に基づく請求は、いずれもその請求の前提を欠き、失当であるといわざるを得ない。

そうすると、その余の点を判断するまでもなく、不正競争防止法に基づく原告の請求はいずれも理由がない。

五  甲事件争点(三)について

(一)  被告アルプス・カワムラが、平成七年中に販売した(2)号標章を使用したネクタイについての使用料が二一万七〇三六円であること、その後、被告アルプス・カワムラが販売した商品(販売時期については争いがある。)の使用料ないし使用料相当額から頭金四〇〇万円を控除した額が五四万五三八〇円であることは、当事者間に争いがない。

前記一で認定したとおり、被告アルプス・カワムラは、平成八年一〇月一八日、原告に対し、右各使用料と被告アルプス・カワムラの原告に対する乙事件請求にかかる損害賠償請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしており、後記六、七で述べるとおり、乙事件請求にかかる損害賠償請求権(ただし相殺前)の額は右金額を超えるから、原告の被告アルプス・カワムラに対する使用料請求権は、右相殺によって消滅したものというべきである。したがって、原告の請求は理由がない。

(二)  不正競争防止法に基づく損害賠償請求は、前記四で述べたところから、いずれも理由がない。

(三)  前記一で認定した各事実からすれば、原告の主張する消極的損害、無形損害は、これらが仮に生じたとしても、いずれも、本件商標の許諾管理権者である【E】の各ライセンシーに対する商標の使用態様の指示に誤りがあったことや管理が不十分であったことにより発生したものというべきであって、被告アルプス・カワムラの故意又は過失ある行為により生じたものということはできない。したがって、原告の右各損害の請求も失当である。

六  乙事件争点(一)(原告の債務不履行責任、被告【A】の共同不法行為責任の有無)について

1  原告の責任

前記四で認定判断したとおり、本件使用許諾契約は、原告の責に帰すべき事由により履行不能となり、平成九年一月一四日に被告アルプス・カワムラにより解除されたものと認められる。

したがって、原告は、被告アルプス・カワムラに対し、民法四一五条、四一六条に基づき、その損害を賠償する責任を負う。

2  被告【A】の責任

前記一の認定によれば、被告【A】は、平成八年三月五日に商標権者から本件商標権を譲り受け(登録は同年六月一〇日)、さらに同年五月二八日、原告の代表者として、本件使用許諾契約の基礎となっている本件専用使用権をフーゴ・ボス社に譲渡する(登録は同年七月二二日)とともに、同年六月一一日本件商標権を同じくフーゴ・ボス社に譲渡した(登録は同年九月二四日)ことにより、本件専用使用権を消滅に至らしめたものである。

前記一で認定したところからすれば、被告【A】は、原告会社の代表者として、本件使用許諾契約の内容を熟知しており、原告が本件専用使用権をフーゴ・ボス社に譲渡するとともに、被告【A】が本件商標権を同じくフーゴ・ボス社に譲渡すれば、本件使用許諾契約に基づく被告アルプス・カワムラの本件通常使用権がその基礎となる本件専用使用権の消滅に伴って履行不能に至ることを熟知していたものというべきである。

したがって、被告【A】は、被告アルプス・カワムラを害することを知って、故意に、被告アルプス・カワムラの原告に対する本件使用許諾契約に基づく使用権を履行不能の状態にし、もって、被告アルプス・カワムラの右債権を侵害したものとして、これにより被告アルプス・カワムラが被った損害を賠償する責任があるというべきである。

七  乙事件争点(二)(損害)について

1  証拠(乙四三)及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成八年において製造、販売した(3)号標章を付した商品は、小売価格(定価)合計二億六九〇二万一三〇〇円、売上額合計一億四二五九万〇〇〇四円、粗利額合計六一八七万八四四九円(粗利率約四三パーセント)であったことが認められる。

2  さらに、証拠(乙五五)及び弁論の全趣旨によれば、被告アルプス・カワムラにおける販売経費(ただし、商品の製造、販売に直接従事する部門に発生した経費)は、平成九年から平成一一年(ただし、被告アルプス・カワムラの事業年度による)の平均で、売上高に対して約二六パーセントであることが認められる。

そうすると、被告アルプス・カワムラが平成八年において製造、販売した本件商標を使用した商品により得た純利益は、売上高の一七パーセント(粗利率四三パーセントマイナス販売経費二六パーセント)に当たる、二四二四万〇三〇〇円(一円未満切り捨て。ライセンス料控除前)であると認めることができる。

3  本件使用許諾契約の契約期間が平成一〇年一〇月末日までであったことは当事者間に争いがない。また、証拠(乙一)によれば、本件使用許諾契約において、被告アルプス・カワムラは、右契約期間終了後六〇日間は、本件使用許諾契約に基づいて製造した許諾製品の販売を継続することができたことが認められる(一三条一項)。したがって、結局、被告アルプス・カワムラが本件使用許諾契約に基づいて本件商標を使用できたのは、平成一〇年一二月三〇日までであると認められる。

よって、被告アルプス・カワムラは、本件商標使用許諾契約が解除された日の翌日である平成九年一月一七日から平成一〇年一二月三〇日までの期間(七一三日間)における、本件使用許諾契約に基づく商品の販売により得べかりし利益を喪失したものと認められる。

4(一)  平成七年販売分の未払使用料

被告アルプス・カワムラが、平成七年中に製造、販売した(2)号標章を使用したネクタイについての継続使用料が二一万七〇三六円であることは、当事者間に争いがない。

(二)  平成八年販売分の未払使用料

本件使用許諾契約に基づくライセンス料は、小売希望価格の四パーセントであることは当事者間に争いがなく、これに基づいて平成八年における原告の右売上に対するライセンス料を計算すると、合計一〇七六万〇八五二円であることが認められる。

(269,021,300×4%=10,760,852)

(三)  平成九年一月一七日から平成一〇年一二月三〇日までの期間の被告アルプス・カワムラの得べかりし利益額

被告アルプス・カワムラが平成八年に現実に販売したことによる利益の額から、被告アルプス・カワムラが右期間に得べかりし利益の額(継続使用料控除前)を推定すると、四七三五万一五九九円となる。

(24,240,300×713/365=47,351,599)

同様に、右期間の継続使用料相当額を算出すると、二一〇二万〇五一三円となる。

(269,021,300×713/365×4%=21,020,513)

(四)  証拠(乙一)によれば、本件使用許諾契約に基づき、被告アルプス・カワムラから原告に対し、頭金として四〇〇万円が支払われたこと、本件使用許諾契約によれば、被告アルプス・カワムラは右頭金を継続使用料の支払に当たって、その一部に充当できる旨定められていること(三条三項)が認められる。

2 被告アルプス・カワムラが、平成八年一〇月一八日付内容証明郵便により、本件使用許諾契約において被告アルプス・カワムラから原告に対して支払われた頭金四〇〇万円を継続使用料に充当するとともに、原告の被告アルプス・カワムラ対する使用料支払請求権と被告アルプス・カワムラの乙事件にかかる損害賠償請求権を対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは前記一で認定したとおりであるから、結局、被告アルプス・カワムラが原告に対して請求できる本件使用許諾契約の履行不能による損害額は、一九三五万三一九八円となる。

(47,351,599-21,020,513-217,036-10,760,852+4,000,000=19,353,198)

3  この点、被告アルプス・カワムラは、本件商標のような著名・周知でない商標については、継続的に使用することにより、売上が増加し、その増加率は一年につき一〇パーセントを下らないと主張するが、右被告アルプス・カワムラの主張を認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。

4  よって、原告及び被告【A】は、被告アルプス・カワムラに対し、連帯して、金一九三五万三一九八円及び乙事件の訴状送達の日の翌日である平成九年五月二二日から支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払う義務がある。

八  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がなく、被告アルプス・カワムラの請求は、主文第一項記載の限度で理由がある。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 水上周)

裁判官 渡部勇次は、転補のため署名押印できない。

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